2011-07-11

鮎川哲也「黒いトランク」創元推理文庫。決定版と呼ばれるもの。書き加へたり削つたりしてきたけれども、これを完成品とします、といふことなのでせう。以前、hiko8さんから指摘があつた空のトランクの重量が19.8kgと19.1kgになつてゐることについて。角川版でも、この決定版でもさうなつてゐる。トランクの購入者を調査した際にトランクの製造元が重量に差があつても0.1から0.2kgだと丹那刑事が鬼貫に伝へるところがある(角川版P169、光文社初刊版P200、創元社決定版p194)。そして凡ての版でトランクの動きを表にしたところには、最初のトランクが19.8kg、次に空になつたトランクが19.1kgになつてゐる。これには一切の説明がない。光文社の初刊版では芦辺拓が丁寧な解説を付しているが、そのことには触れてゐないし、創元社の決定版でも有栖川有栖、北村薫、戸川安宣の細かい部分を比較した対談でも触れてみゐない。困りましたねえ。まあ、これは再び時間を見てゆつくり読んで確かめるしかないでせう。説明してあるのに見落とし、読み落としてるのかも知れないので。
2冊続けて読んでみて、最初の印象よりも「凄さ」が感じられなかつた。こんな面倒なトランクの移動なんかしなくても、いいんぢやないの?と。これは先にトリックがあるんだよ、作者もさう書いてるけど。人物や話そのものの面白さをトリックが幾分削いでしまつてゐるやうな気がする。
さて、オレが最初に読んだ「黒いトランク」は角川版で、今回初刊版と読み比べると、ずゐぶん削られてゐるのがわかつた。既に書いた汐留駅の蘊蓄、梅田警部補の風貌がまるで違ふだけでなく、梅田が北原白秋に傾倒してゐる部分などが削除されてゐるから、由美子が鬼貫に「詩人警官」だ、なんて言つてもチンプンカンプンだ。この決定版は概ね初刊版に近づいてゐるから、その辺りはどつちを読んでも同じ。ただ、スリの話がすつかり削られた理由が小林信彦のエッセーだといふので、その理由が知りたくなつた。

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