2013-05-10

樋口有介「ぼくと、ぼくらの夏」文春文庫(538・used)この文庫の表紙、フジモト・ヒデトといふ人の絵で、これが好い。中身も充分面白かつた。テレビドラマか映画の原作としても読める。サントリーミステリー大賞の読者賞を受賞し、開高健とイーデス・ハンソンが強く推したといふエピソードがあるさうだが、そんなことは余計な話で、「ピース」もさうだつたが、基本的に巧い小説家なんでせうね。トリックはむづかしくはない。それよりも高校二年生といふ設定の主人公と女友だち、たがひの両親、級友たちや教師などの人間関係のはうが優先してゐる。特に会話は凝つてゐる。チャンドラー風といふ評をネットかなにかで見た気がするが、そのまま村上春樹ではないか。小生意気な主人公の言ひまはしは、もし身近に似たやうなのがゐたら、巫山戯るな、と怒鳴りつけるかもしれないね。具体的には冒頭で父親(刑事)から同級生が死んだと聞かされ、すぐそのあとで父親の腹具合を聞く。それが自殺らしい聞かされると「今年の夏があまり暑いので、生きるのが面倒くさくなったのだろう」と独白する。オレはこの神経には耐へられない。ムルソーだつて、こんなことは言はない。人の死に対して、かういふ態度、言動をする人間を許せないからだ。そんな建前道徳的な発言は白けるかもしれないが。これは全面改稿した新装版だと最後の頁にあり、そのせゐかどうか、主人公の名前が戸川春一であると解説には書いてあるのだが、何度か最初から確かめたけれども「戸川」は間違ひないやうだが「シュン」までしかなくて、「春一」と書いてあるところが見付けられなかつた。

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