2014-02-12
568.Y列車の悲劇
阿井渉介・講談社文庫(used)。これまで聞いたことがない作者。走行中の列車から乗客がゐなくなるといふ事件。しかもその乗客たちがゐた寝台車で殺人事件が起こるといふのだから、期待するでせう。期待は裏切られない。この人には不可能犯罪といふシリーズがあるらしく、これもその一つ。余計なことかもしれないが、人物の容姿に関する記述が殆どないので、どんな人物なのか見えにくい。P67で鶴見刑事が平田といふ人物を調べてゐて、その平田が仙台にゐるといふ報告を上司である牛深(ウシブカと読むんだらうね、ルビないけど)にする。その後で「帰京の予定はいつだ」と牛深。「明日です」「一度こっちに戻ったほうがよくないか」「そうします」と続く会話になる。誰が戻るのか一瞬わからなかつた。P164「娘分の道子とも」といきなり登場する道子つて誰?ま、そんなことは些細なことだ。なかなか面白く読んだ。他の作品にも手を延ばすかどうかは微妙だね。
2014-02-09
567.バスが来ない
清水義範・徳間文庫(used)。読んだことがあるやうな気がしてたけど、覚えてないから読んでないのだらう。カバーの後ろには抱腹絶倒と書いてあるけど、クスクス笑ひだつた。表題の「バスが来ない」「マイルド・ライト・スペシャル」「戦慄の寒冷地獄」が面白かつた。筒井康隆に似てるかもしれない。
2014-02-01
566.裁きの街
キース・ピータースン/芹澤恵訳・創元推理文庫(used)。ウェルズ・シリーズ、愈々最後の作品。原題はRough Justice。もつと続きが読みたいなあ、解説にあるやうにランシングを主人公にしたらど面白さうだ。ウェルズは今度は殺人者として警察に追はれる身に。しかも宿敵といふか、もつとも嫌ふワッツに追ひ詰められる。守らうとする新しい女編集長と我らがランシング。最後に姿をみせるゴットリーブもなかなかいい味を出してゐる。遂にランシングとウェルズは、……読んでない人のために書かないでおかう。本格ミステリのネタばらしなんかよりも、してはいけない大事なことだ。
2014-01-26
565.夏の稲妻
キース・ピータースン/芹澤恵訳・創元推理文庫(used)。ウェルズ・シリーズの3作目。このシリーズはいまのところ全部で4作しか書かれてないが、すべての題名が原題とは違ふのだ。これはThe Rainといふ。アメリカ探偵作家クラブ賞受賞と表紙に書いてある。上院選立候補者の醜聞にかかはる殺人に巻き込まれる。ランシングに結婚話が持ち上がつて、一体どうなるのか本筋とは別のところで気を揉んだ。前作で隙間ができてしまつたチャンドラーとは本当に終つてしまつたのか。ブラック・ダリアみたいなところがあるね。女優に憧れ、犯罪に巻き込まれる若い娘。対するウェルズの姿勢がいい。P189「ど真ん中」、どうしたんですか、芹澤さん。
2014-01-19
564.切り裂き魔の森
マーガレット・トレーシー/中野圭二訳・角川文庫(used)。ヤケはあるが状態はかなり良い。原題はMrs. Whiteで、全然違ふ。中身はさうだけど、これぢやあ、なんだかサスペンス映画のタイトルみたいだろ。犯人は最初に解る。要するに、さうとは知らない犯人の家族の物語で、原題通り奥さんのミセス・ホワイトが語る。家主のジョナサンがいいね。キース・ピータースンの別名義で、これ一作のもの。
2014-01-12
2013-12-16
562.暗闇の終わり
キース・ピータースン/芹澤恵訳・創元推理文庫
(used)
。作者名は「木野塚探偵事務所だ」で知つた。訳がフロストの芹澤さんなので読みたくなつた。amazonで検索したら4冊中古で見つかり、どれも「非常に良い」か「良い」だつたから、思ひきつて全部買つてしまつた。いづれも主人公が「ニューヨーク・スター」といふ新聞の記者ジョン・ウェルズのシリーズで、これが第1作目。過去に一人娘に自殺された経験を持つ彼が、ニューヨーク郊外の町で起こつたハイスクールの生徒が3人続けて自殺した事件を取材に行くといふ話。ときどき比喩が鼻につくけど、なかなか面白い。同僚のランシングといふ若い女性記者が実に魅力的だし、ウェルズの人物像も好きだなあ。この人は他にもペンネームがある。弟と二人でマーガレット・トレイシーといふ女性名義で「切り裂き魔の森」といふのを出していて、これは1983年のMWA最優秀ペイパーバック賞を貰つてゐるさうだ。このウェルズのシリーズ(4作しかない)のあと、アンドリュー・クラヴァン名義で5〜6冊翻訳が出てゐるかな。そのうちの一つはクリント・イーストウッドが監督した「トゥルー・クライム」の原作(邦題「真夜中の死線」で芹澤さんの訳)になつてゐる。因みにこの原題はThe Trapdoorで、ウェルズの夢といふか幻覚の中に現れる。
2013-12-11
561.木野塚佐平の挑戦だ
樋口有介・創元推理文庫(used)。木野塚探偵事務所の2作目で、こつちは長篇。現職の総理大臣の死に絡む怪しい人物たち。総理の死は病死か他殺か。他殺なら犯人は誰か。そこそこ面白い。最後に来て、どうやら全体の仕掛けは桃世の仕業かと思はせるのだが、そこまで作り込まなくてもいいのではないかと思つたんだけどね。木野塚氏の奥さんが実に笑はせてくれる。あとがきで、三人称的視点と一人称的視点の混在がどうした、現在進行形の文体がどうした、といふ記述があるが、よくわからん。P108、7行目「ここは東京のどまんなか」。どまんなか、ねえ。
2013-12-10
2013-11-29
560.木野塚探偵事務所だ
樋口有介・創元推理文庫(used)。岡嶋二人の「なんでも屋大蔵でございます」を思ひ出した。あつちはハードボイルドではないが。ユーモア・ハードボイルド連作5篇。続篇(長篇)と一緒に購入した。始めのはう、奥さんとのやりとりが実に面白い。P140、「しかしここは東京のどまんなかなのだ」。どまんなか、かあ。
2013-11-25
559.食卓の情景
池波正太郎・新潮文庫。鬼平(四)の解説を書いてゐる佐藤隆介といふ人がその解説で触れてゐた本である。この人、広告代理店のコピーライターを経て池波氏の書生をしてゐたさうな。いまどき書生も珍しいが、よほど心酔してゐたものと見える。この本の解説も書いてゐて褒めまくり。それはさておき。題名からも解るが食べ物を中心に昔の思ひ出が語られる。祖父、母、師長谷川伸のこと、親友井上留吉のことなどだ。子どもの頃の東京下町の風景や取材で出かけた京都の話、新国劇の話。それにしても健啖家といふべきだらう、池波氏、誠によく食べる。食べ物に興味がなければ作品にも食べ物の話は出ないだらう。
2013-11-24
558.「今はひとりがいい」というキッパリ!とした生き方
鴨下一郎・新講社(used)。なんとも長くて奇妙なタイトルの本なのだが、Book Offでウロウロ(鬼平を中心に池波正太郎、黒川博行の文庫を物色)してゐたら目について、読みたいと思つたのだ。なぜだらう、読み終はつたら、余計わからない。20日に読み終はり、「マーフィーの法則」と同じく読まなかつたことにしようと思つたほど、なにも書くことがない気がしてゐたのだが、ちよつと整理して置きたくなつた。なぜこの本を買つたのか、について。
要するに、自分がいま孤立無援の状態にあると勝手に思ひ込んでゐて、そこから一つ飛び抜けたい、乗り越えたい、さういふ思ひがあるのだらう。その手助けになるかもしれない、読むことで何かが見えるかもしれない、そんなところか。実際は期待外れだつたわけだが、恐らくこれは女性を対象にした恋愛や会社、友人などの対人関係の悩みへの心理学者のアドバイス本なのだらう。
要するに、自分がいま孤立無援の状態にあると勝手に思ひ込んでゐて、そこから一つ飛び抜けたい、乗り越えたい、さういふ思ひがあるのだらう。その手助けになるかもしれない、読むことで何かが見えるかもしれない、そんなところか。実際は期待外れだつたわけだが、恐らくこれは女性を対象にした恋愛や会社、友人などの対人関係の悩みへの心理学者のアドバイス本なのだらう。
2013-11-15
2013-11-05
二度のお別れ
黒川博行・創元推理文庫(×2)。なんとなく読み返したくなつたのはなぜだらう。黒マメコンビの大阪弁のやり取りが読みたかつた、黒川博行の本が読みたかつた、どつちでもいいことだ。読み返して、事件の内容は思ひ出したが、どんな風に書かれてゐたかは曖昧だつた。読み終へてから次の「雨に殺せば」も読み返さうか、と書き出しを読んだら、「二度のお別れ」によく似てるのだ。事件そのものは違ふけれども、主人公が帰宅して上司からの電話を受ける。「努めて平静な口調で喋ってはいたが、眼と眼の間がせまくなり、唇がへの字に曲るのまで隠す必要はなかった。」これがおんなじ。ここでは所帯持ちの黒田憲造、「雨」は独身の黒木憲造。ま、そんなことはどうでもいい。兎に角、黒マメコンビは面白いのだ。まへに読んだときにも書いたが、解説の人が言ふやうに最後はマメちやんの名推理で解決してほしかつた。
2013-10-25
557.鬼平犯科帳(五)
池波正太郎・文春文庫(used)。これは(四)と一緒に買つたのだが、正解だつた。次が読みたくて堪らなくなるのだ。因みにこれも新装版。「深川・千鳥橋」でも万三に金を渡してお元と一緒に籠で送り出すところなんか涙が出さうになる。男気といふのですかねえ、「狂賊」の九平とのやり取りとか、それから(四)で配下の佐々木新助への心遣ひとか、実にカッコいいのだよ、鬼平は。あー、ビデオで見たい、それも最初の、ほら八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)がやつてたのが見たい。二代目中村吉右衛門でもいいんだけど、……。
2013-10-20
556.鬼平犯科帳(四)
池波正太郎・文春文庫(387・used)。このシリーズの(一)だけ活字が小さい。続く(二)、(三)は運良く新装版で、これも新装版なので活字が少し大きくなつてゐる。年には勝てなくて、昔の活字サイズは読み難い。しかし、これは読み始めたら、途中でやめられない。例へば「5年目の客」の最後で平蔵がお基地をお目溢しにするところ、「血闘でおまさを独りで救出するところ、「夜鷹殺し」の最後で粂八たちに労をねぎらうふところなど、全くもつて鬼平はカッコいいのだよ。
2013-10-15
555.鏡の国のスパイ 灰姫
打海文三・角川書店(used)。手に入らないもの、と半ば諦めてゐたから探す気にもならなかつたが、amazonで検索したら古本が見つかつた。送料を含めても定価より少し安いので思ひ切つて買つた。状態はとても良かつたが、なかなか読めない。入つて行けない。最初のはう、P18くらゐまでで何度も挫折。誰が主人公だかわかんないし、符牒が飛び交ふ。読み難い。北朝鮮絡みのスパイ活動や情報作戦などの記述がちつとも頭に入らない。これは横溝正史賞の優秀作に選ばれた打海氏のデビュー作で、最後に作者のあとがきと選評が載つてゐる。強く推してゐるのは夏樹静子で、批判的なのは先日亡くなつた佐野洋。「はいひめ」と読んでしまふが「キム・チエヒ」と本文中にルビがある。灰姫はシンデレラかと思ふが、どう繋がるのか、無関係なのか、わからない。人物の関係も判り難いので、主人公に寄り添ふ恰好で物語に入れない。この次に「時には懺悔を」が書かれたワケだ、と思ふと、その後の作品を読んでゐるものにとつては貴重だ。
2013-10-09
554.愚行録
貫井徳郎・創元推理文庫(used)。どうしても「慟哭」と比較してしまふ。やりきれない部分は同じやうにあるんだけど、厭な感じがある。当然、冒頭の新聞記事と、扱はれる殺人事件の被害者をめぐるインタビューはどこかで交錯するんだらう、といふ予想はある。その収まり方が不快だ。解説もなんか的外れな気がする。証言者たちの発言は確かに愚かと呼ばれても仕方あるまい。それはまだ人々が愚かといふ貴い徳を持つてゐて、は谷崎だけど。作者はこの殺人事件も含めて愚行と言つてるやうに取れる。小説の中であつても、殺人を愚行で括るのは不遜だらう。「慟哭」に感服したので、貫井作品はついつい読んでしまふが、わたしにとつては未だに超えるものに出会はへない。
2013-09-30
552.553.ヴェロシティ 上下
ディーン・クーンツ/田中一江訳・講談社文庫(used)。なんとも強引な物語に思へる。読み始めはすんなり。が、読み進めるうちに何度も途中で止めようと思つた。最後まで読んだのは、「ストレンジャーズ」と「ライトニング」が面白かつたから、どう展開するのか期待があつた。この2作は感動的だつた。しかし、「ミスター・マーダー」は今ひとつ好きになれなかつたし、……。グロテスクなだけだ。最後のはうでバーバラに僅かに変化があり、希望の兆しは見えるけれども、なぜビリーなのか、動機や殺害方法の具体的な説明などがはつきりしない。意味がわからん。異常者の犯罪に巻き込まれた、といふことか。もう1作上下巻の、これより長いのを買つてしまつたのだが、読まずに棄てちやふかな、と思ふ。
2013-09-20
549〜552.サルチネス 1〜4
古谷実・講談社。遂に新刊で古谷実作品を購入。ずつとusedだつたので、申し訳ないな、と思つてゐたのだ。これまでとはちよつと違ふ。冴えない(と本人が自覚してゐるか、見るからに、と分かれるが)男子がかはいい女子にモテるといふ筋と絡む(殺人を含めた犯罪などの)残酷な世界ではないからだが、古谷作品は好きだな。始まりが実に滑稽でよかつた。
2013-09-19
548.新ナショナルキッド
丸尾末広・青林工藝社(used)。短いものが19篇収録されてゐる。一番長いのが「電気蟻」。絵は巧い。つげ義春と梅図かずおを足したやうなエロ・グロ漫画。頭が潰れたり、内蔵が飛び出したり。克明に細い線で書き込んでゐる。好みが極端に分かれるだらう。あまり好きになれない。コマが追ひにくいので、紙芝居にしたらいいんぢやないか。
2013-09-16
2013-09-08
546.ハツカネズミと人間
スタインベック/大浦暁生訳・新潮文庫。新潮文庫は久しぶりな気がする。昔は岩波、新潮、角川くらゐしかなかつたから。とても時間がかかつた、僅か140頁の本なのに。途中で何となく予想がつく悲しい結末。真夜中のカーボーイもさうだし、アメリカ映画にはこの本に近いものがあるね。誰一人、救はれない物語だつた。カーリーの奥さんだつて夢があつたし、キャンディ爺さんにも、黒人のクルックスにも、勿論レニーとジョージにも。
2013-09-04
545.しのぶセンセにサヨナラ
東野圭吾・講談社文庫。これも娘の本。買うたままで読んどらん本かて仰山あるし、読みさしかてあるねんで、なんで娘の本読まなあかんねん、と(怪しい大阪弁擬きで)ぼやきつつ、続きがあるなら読まずにはゐられない。6篇収録。ミステリとしても面白いけれども、会話が更に磨きがかかり吹き出してしまふほどだ。もつともつと続きが読みたいけれども、あとがきに「作者自身が、この世界に留まっていられなくなった」のだから我慢するしかない。解説にもあるが、しのぶセンセと新藤刑事、本間義彦の関係はどうなるのかとても気になるところだ。
2013-08-29
544.浪速少年探偵団
東野圭吾・文春文庫。続けて娘の本を借りて読んだ。第一話の「しのぶセンセの推理」はデビューした翌年に書かれたものださうだ(次の「しのぶセンセにサヨナラ」のあとがきにある)。小学校六年の担任をもつ竹内しのぶセンセが事件解決に活躍する連作5篇収録の短篇集。ほかには大阪府警捜査一課の漆崎と後輩の若い新藤刑事、生徒の田中鉄平、原田郁夫、第三話でしのぶがお見合ひをした本間義彦が主な登場人物。会話はすべて関西弁、大阪弁である。会話が抜群に面白い。
2013-08-22
543.聖女の救済
東野圭吾・文春文庫。仕事から帰つたら、娘からのメモと一緒にこの本が机の上にあつた。面白いから読んでみて、といふ。確かに面白かつた。ガリレオのシリーズで、トリックを物理学者の湯川学が解くといふパターン。P384の終りのはうで内海薫がiPodで福山雅治の曲を聞く場面が出てくるが、読者サービスなんでせうか。2日がかりで一気に読んでしまつたのだが、これよりちよつとまへに読み始めたスタインベックの「ハツカネズミと人間」は148頁しかないのに「1」が終つたP26から先へ行けないのに、これは解説も付いてなくて424頁もあるといふのに、だ。
2013-08-12
542.日本語の古典
山口仲美・岩波新書(used)。amazonで購入。古本だけど状態はよかつた。日本の古典30作品を「日本語から見た古典」(プロローグより)として紹介してゐる。そこそこに面白く読めた。竹取物語のかぐや姫が実は月の世界で罪を犯し人間界へ送られて来たといふ話は高校の授業で習つたやうな気がする。特に読んでみたいとおもつたのは、枕草子と方丈記、徒然草、そして雨月物語。雨月物語は後藤明生の現代語訳を手に入れたので、いづれ読むつもり。P100の終りから3行目、中程に「なんと的のど真ん中に」とある。筆者は静岡の生まれと奥附に書かれてゐて、文学博士であり、現在明治大学国際日本語学部の教授ださうだが、「ど真ん中」はないでせう。(因みに浅草生まれの久保田万太郎の小説に「道のど真ん中」とあるさうだが、それで「ど真ん中」が東京言葉といふことの証左にはならないでせう。その頃から既に東京でも使ふ人がゐたといふことだらうね。)
2013-07-07
541.癒す心、治る力
アンドルー・ワイル/上野圭一訳・角川文庫
amazonから届いたのが'13.5.27で、 それから(尤も「シンプル・プラン」を1週間くらいまへから読み始めてゐた)すぐさま読み始めたワケだが、やつぱり1箇月以上かかつてしまつた。なんでワイルを読まうと思つたのか。そもそもの理由は非常に個人的なことなので書かない。
ニューエイジサイエンスと呼ばれるものが、70年代に流行つたのださうだ(このことも既に何度か触れてゐるので今後は敢てニューエイジサイエンス云々は書かない)。しかし、当時はまつたく知らなくて(なにしろロックを聞くことが日課であり使命でもあつた10代後半の少年に過ぎなかつたのだから)、「ニューサイエンティスト群像」といふ本を偶然館林の図書館で借りて読んで知つた。この本もどうしても欲しくなつて、この4月にamazonで中古を手に入れ1/3くらゐまで読んだところだ)。この本で百匹目の猿の話やグリセリンの結晶の話や1/fのゆらぎなど、いろんな面白い科学の話を知つたのだが、その中にアンドルー・ワイルの名前があり、プラシーボ効果と自然治癒力について書かれてゐた。代表的な著作「人はなぜ治るのか」のはうは単行本しかないらしく、時間がかかりさうな本は単行本では持ち運びに困るので文庫で手に入る、こつちから始めることにした。
たくさんの自然治癒の事例やワイル自身の実体験も語られてゐる。勇気づけられたし、受け入れなければ始まらないこともよくわかつた。中に出て来る腎臓癌を宣告され、癌が自然退縮したといふ寺山心一氏はホームページがある。興味があつたので閲覧してみたが、ちよつと馴染めなかつた。
これは酒井雄哉の「一日一生」やバッキーの本、ハイポニカの本などと一緒にいつでも手が届き、読み返せるところに置いてある。ときどき読み返してゐる。
amazonから届いたのが'13.5.27で、 それから(尤も「シンプル・プラン」を1週間くらいまへから読み始めてゐた)すぐさま読み始めたワケだが、やつぱり1箇月以上かかつてしまつた。なんでワイルを読まうと思つたのか。そもそもの理由は非常に個人的なことなので書かない。
ニューエイジサイエンスと呼ばれるものが、70年代に流行つたのださうだ(このことも既に何度か触れてゐるので今後は敢てニューエイジサイエンス云々は書かない)。しかし、当時はまつたく知らなくて(なにしろロックを聞くことが日課であり使命でもあつた10代後半の少年に過ぎなかつたのだから)、「ニューサイエンティスト群像」といふ本を偶然館林の図書館で借りて読んで知つた。この本もどうしても欲しくなつて、この4月にamazonで中古を手に入れ1/3くらゐまで読んだところだ)。この本で百匹目の猿の話やグリセリンの結晶の話や1/fのゆらぎなど、いろんな面白い科学の話を知つたのだが、その中にアンドルー・ワイルの名前があり、プラシーボ効果と自然治癒力について書かれてゐた。代表的な著作「人はなぜ治るのか」のはうは単行本しかないらしく、時間がかかりさうな本は単行本では持ち運びに困るので文庫で手に入る、こつちから始めることにした。
たくさんの自然治癒の事例やワイル自身の実体験も語られてゐる。勇気づけられたし、受け入れなければ始まらないこともよくわかつた。中に出て来る腎臓癌を宣告され、癌が自然退縮したといふ寺山心一氏はホームページがある。興味があつたので閲覧してみたが、ちよつと馴染めなかつた。
これは酒井雄哉の「一日一生」やバッキーの本、ハイポニカの本などと一緒にいつでも手が届き、読み返せるところに置いてある。ときどき読み返してゐる。
2013-07-05
Required field must not be blank警告を無視
いきなり記事を記入しようとすると、上の表記がタイトル入力欄の下、左隅に出る。必須フィールドは空白にしてはいけない、といふ意味なんでせうね。しかし、「投稿タイトル」が必須だつたら、これまでなんで投稿できたのか解らない。なぜ今回、上記の警告が出たのか。
無視して「保存」をクリックしたら、文書が消えてゐた。
このブログの殆どがタイトルなしでいきなり本文に入るといふ書き方をしてゐるといふのに、いまになつて唐突にさういふ警告が出る意味が解らない。なにか設定をいぢつたり変更したワケではない。そんな面倒臭いことをわざわざしないよ。
日本語のユーザーがゐる以上、日本語で誰でも解るやうにしてほしい。手軽で簡単に始められたけれども、まへにも感じたが、日本語のユーザーには親切ではないね。
今後は以前のやうに投稿タイトルとして何冊目か解るやうにNo.と本のタイトル、本文の始めに作者及び訳者、出版社を書くといふやり方に戻ることにするよ。いつまでも、こんなことにこだはつてゐたくない。
無視して「保存」をクリックしたら、文書が消えてゐた。
このブログの殆どがタイトルなしでいきなり本文に入るといふ書き方をしてゐるといふのに、いまになつて唐突にさういふ警告が出る意味が解らない。なにか設定をいぢつたり変更したワケではない。そんな面倒臭いことをわざわざしないよ。
日本語のユーザーがゐる以上、日本語で誰でも解るやうにしてほしい。手軽で簡単に始められたけれども、まへにも感じたが、日本語のユーザーには親切ではないね。
今後は以前のやうに投稿タイトルとして何冊目か解るやうにNo.と本のタイトル、本文の始めに作者及び訳者、出版社を書くといふやり方に戻ることにするよ。いつまでも、こんなことにこだはつてゐたくない。
2013-06-20
スコット・スミス/近藤純夫訳「シンプル・プラン」扶桑社ミステリー(540・used)漸く読みをへた。ほぼ1箇月かかつた。「ぼく=ハンク・ミッチェル」の語りで書かれる犯罪小説。ミステリと呼ぶよりも犯罪小説と呼んだはうが相応しい気がする。犯人の側から書いてゐるので倒叙もの、倒述ものと呼ばれるパターンだ。実に細かく書き込まれてゐる(エピローグを除けば、発端からほぼ3箇月の話で500頁を超える)ので、概ね好評な評価をする人は登場人物が少しづつをかしくなつて行く過程が見事に書き込まれてゐる、と言ふのだが、逆にこれほどの長さが必要だらうか、といふ疑問もある。以前見たDVDの感想を読み返したが、ほぼ同じ感想を持つた。特に終盤繰り返される殺人は非道い。身勝手なだけだ。読み応へもあつたし、丁寧に書かれてはゐるけれども、どうも教科書的な感想を持つてしまふのは性分なのでせう。スティーヴン・キングが絶賛したといふ話だ。DVDはもう一度借りて来て見たいと思つた。
2013-06-17
2013-05-12
業田良家「執念の刑事」上下/竹書房文庫(539・used)そもそも業田良家の名前を記憶したのは、この漫画だつた。しかし、連載されてゐた漫画雑誌が本の後ろに書いてある掲載誌一覧を見ても思ひ出せない。調べれば解るのだらうが面倒臭ひ。植田まさし(新聞連載の「コボちやん」はどうしてあんなに詰まらないのだらう)の「フリテンくん」もほぼ同時期に読んでゐたから「月刊まんがライフ」だらうか。深夜だつたり早朝だつたり、飲み屋の帰り道、甘いものが食べたくなつて(だからブクブク太つてゐたのだつた)鶴生田川沿ひにあつた不思議な親父さんとその奥さんがやつてゐたヤマザキデイリーストアで序でに漫画雑誌を買つてゐたのだつた。もう30年近い昔の話だ。記憶にないキャラクターもあつたし、殆ど内容は覚えてなかつた。マリリンウーマンはどんどんかはいくなつて行くし、極悪非道の男とその娘は後の「独裁君」に繋がつて行くやうですね。高田パン店の親父さんとタクシー運転手は同じ人かも。執念を殺さうとする親分の名前が解らない。吉田刑事の口まはりは一体どうなつてゐるんだらう。父一徹の仏壇ネタはクド過ぎるよ。
2013-05-10
樋口有介「ぼくと、ぼくらの夏」文春文庫(538・used)この文庫の表紙、フジモト・ヒデトといふ人の絵で、これが好い。中身も充分面白かつた。テレビドラマか映画の原作としても読める。サントリーミステリー大賞の読者賞を受賞し、開高健とイーデス・ハンソンが強く推したといふエピソードがあるさうだが、そんなことは余計な話で、「ピース」もさうだつたが、基本的に巧い小説家なんでせうね。トリックはむづかしくはない。それよりも高校二年生といふ設定の主人公と女友だち、たがひの両親、級友たちや教師などの人間関係のはうが優先してゐる。特に会話は凝つてゐる。チャンドラー風といふ評をネットかなにかで見た気がするが、そのまま村上春樹ではないか。小生意気な主人公の言ひまはしは、もし身近に似たやうなのがゐたら、巫山戯るな、と怒鳴りつけるかもしれないね。具体的には冒頭で父親(刑事)から同級生が死んだと聞かされ、すぐそのあとで父親の腹具合を聞く。それが自殺らしい聞かされると「今年の夏があまり暑いので、生きるのが面倒くさくなったのだろう」と独白する。オレはこの神経には耐へられない。ムルソーだつて、こんなことは言はない。人の死に対して、かういふ態度、言動をする人間を許せないからだ。そんな建前道徳的な発言は白けるかもしれないが。これは全面改稿した新装版だと最後の頁にあり、そのせゐかどうか、主人公の名前が戸川春一であると解説には書いてあるのだが、何度か最初から確かめたけれども「戸川」は間違ひないやうだが「シュン」までしかなくて、「春一」と書いてあるところが見付けられなかつた。
2013-05-06
2013-04-27
2013-04-21
2013-04-17
中町信「浅草殺人風景」徳間文庫(534・used)どうしてかう、読んだ後の印象に違ひが出るのか。下の「悪魔のやうな女」では人物の印象が薄くて、話の筋を慌しく追つて行く骨組みだけの小説に思へた(専業作家になつて以降の作品には残念ながらかうした印象を受けるものが多い)のに、これは人物が生き生きしてゐる。浅草が舞台だから、といふわけでもないだらう。P16〜P17にかけて、浅草の三社祭の初日死んだ人物の名前がかはつてしまふので、誤植かと思つたら、さうではないことが読み進めるうちに解るのだが、これはもう少し説明を付けてもネタバレにはならないでせう。それともオレだけが、さう読んでしまつたのか。最後の真相の部分はもうちよつと書き込んでほしかつた。真犯人の心境とか、連続殺人の方法とか。この浅草のシリーズは2作しかない。まへの「浅草殺人案内」のときにも書いたけど、鮨芳は一体いつネタを仕入れに行くんだらう。河岸に行かなくても馴染みの業者があつて、届けてくれるのだらうか。
2013-04-14
中町信「悪魔のような女」ケイブンシャ文庫(533・used)久し振りの中町ミステリ。ここには生身の人間は一人もゐないと言つていい。肌のぬくもりもにほひもない。手品の人体轢断で血が噴き出したら、身も蓋もないのと同じやうに。登場人物たちは舞台の上でそれぞれ割り振られた役名の行動をし、台詞を喋る。その台詞は肝心なところで観客の目を惑はせ、読み手を誤解させるために用意されたものだ。手品のやうに。だから、手際の善し悪しが出来不出来になる。ここでは最初の事件で凶器に付いてゐた指紋の照合を、一度で済んだはずなのに容疑者がかはる度に繰り返される、といふ杜撰な捜査で辛うじて切り抜ける。アクロバットだね。これがダメな人は中町ミステリは無理。これは「殺人病棟の女」を改題したもの。プロローグとエピローグの意外性も少ないし、誤読への誘導も大きく軌道を外すことがない。日付と時間が書いてあるのだが、時間のはうの意味がよくわからなかつた。
2013-04-12
土屋秀宇「日本語「ぢ」と「じ」の謎」光文社知恵の森文庫(532)amazonで評判がよかつたし、興味もあつたので買つた。鼻血は「はなぢ」なのに地面は「じめん」と書くのはをかしいといふ話は面白いけれども、レビューの一人が書いてゐたやうに、おしまひのはう(第10章)は仮名遣ひとは直接関係のない話になる。著者が師と仰ぐ石井勲をめぐる漢字の学習法、教育法についての話が唐突に出てくるからだ。P196中程「あまりにかわいそうです(笑)」。講演の筆記でもないのに、一体どういふ神経か。巫山戯てるのか。国語改革の中心人物である上田萬年が主任教授を務めた東京帝大の「国語研究室」から上田とは全く逆の立場に立つことになる「広辞苑」の編纂者である新村出を始め橋本進吉(「古代国語の音韻に就いて」)、時枝誠記(「日本文法」)、山田孝雄が育つたといふ皮肉。森鴎外が歴史的仮名遣ひや漢字を減らす方向へ動かうとする当時の文部省への意見書は抜粋だが流石だと思ふ。いつそ日本語を止めてフランス語にしたらいい、などと寝言を言つた志賀直哉とは人間の出来が違ふ。国語をめぐる歴史を大まかになぞつた感じで期待外れ。
2013-04-05
2013-03-31
2013-03-26
玉村豊男「今日よりよい明日はない」集英社新書(529・used)いやあ、漸く新たに本を読み通した。玉村さんの本だから最後まで読めるだらう、と、きのふ読んだコミックと一緒に買つたのだつた。身の丈に合つた生活を良しとする、長い平和な時代は江戸に学べ、オレなりに要約するとそんな話。的外れでも良い。読んで意外なことが二つ。昔、江戸時代に露天の屋台で売られてゐた寿司のサイズは実は「一貫ひと口半」といはれるほど大きかつたのださうだ。小さくなつたのは終戦後なんだ、と。それと「郷に入れば郷に従え」を「田舎に来たら田舎の人のやるようにしてもらわないと(困る)」といふやうに使つてゐるのは間違ひだ、といふのだが、さういふ意味で解釈してゐなかつたので、オレも困つた。行つたその土地、その国のやり方に従へ、といふ風に理解してゐたのでね。
2013-03-25
柿崎正澄「HIDE OUT」小学館(528・used)久し振りにBookOffで、読めさうな本、なんかねえかなあ、と思つてたら、目について立ち読みしたら面白さうだつた。ホラー漫画と呼ぶんだらうか。「南海の楽園」(裏表紙にさう書いてある)での出来事で、実は主人公とその妻にはそれまでの事情があり、それが主に語りの中心になつてゐる時間の流れに時折差し挟まれる。子どもを事故で亡くした小説家とその妻といふ設定。旅行で立ち寄つた島で起こる不思議な出来事。「二舎六房の七人」といふ安部譲二原作の漫画を書いた人で、息子が読んでたか、どこかの病院の待合室に置いてあつたかで、絵を見たやうな気がしてゐた。Hide Outを辞書で調べたら「(犯罪人などの)潜伏場所」といふ意味で、ま、さういふ内容。戦争の生き残りらしき親子(?)に囚はれて、……。絵は丁寧だし細かいところまで書き込んである。読み終へて、人物設定や展開にちよつと類型的なものを感じたが、兎に角、一気に読めた。停滞期を脱出できればなあ。
2013-03-21
2013-03-15
2013-03-08
このまへの投稿からけふまで、一冊もあらたに読み始めることができなかつた。いまもさういふ気持ちになれないのだが、以前読んだ本の中から気になつてゐたところを読みなほしたりしてゐた。例へば、金井美恵子が吉田健一の「私の食物誌」(中公文庫)の解説で書いてゐた「わたしが不自然だ」と思ふ比喩は丸谷才一の「食通知つたかぶり」(文春文庫)のどこだつけ、と不意に思ひついたものを探して確認する。或はPHP文庫の「相対性理論を楽しむ本」、「量子論を楽しむ本」などを拾ひ読みするけれども、始めから読み通すことはできなくて途中でなげ出す。後藤明生の「挟み撃ち」(講談社文芸文庫)の冒頭部分も読み返して、見事だなあ、と嘆息するけれども、そのまま読み進めることはできない。それからカフカ「ある流刑地の話」(角川文庫)と芥川龍之介「或る阿呆の一生・侏儒の言葉」(角川文庫)の中の数篇(この2冊は本を読むやうになつた頃から特別気に入つてゐる本で、カフカのものは「観察」と「村の医者」といふ短いものを集めたものが好きで、芥川では「たね子の憂鬱」「歯車」──これは閃輝暗点と呼ばれるもので、オレにも屢々現れる、車の運転も不可能だし、歩行すら怖い──「本所両国」特に「鵠沼雑記」、表題になつてゐる作品にはまつたく興味がない)なども手に取つてはゐるけれども、いづれも「読んだ」とは言へないだらう。
そんな中で、川端康成の「伊豆の踊り子」(新潮文庫で、ほか三篇あり)、小松左京の「蜘蛛の糸」、「沼」(いづれも「地球になった男」新潮文庫にあり短いものだ)はきちんと読み終へた。「伊豆の踊り子」の解説は三島由紀夫で、三島はこれを「断片という感じを与える作品ではない」と言ふが、川端自身は「もっと長い草稿の一部分であった」と全集のあとがきに書いてるさうだが、ずゐぶん久し振りに読んで、本人の言ふとほりではないか、と思つた。中途半端な作品といふ意味ではなくて、もつと長いものの一部といふはうが相応しい気がした。
それから結城昌治の短篇集2冊(角川文庫)から「温情判事」「長すぎたお預け」「私に触らないで」「蝮の家」の4 篇。上手い。筒井康隆のエッセイも拾ひ読みした。なかで触れてゐる佐藤愛子の「何に向かって」といふエッセイの原本を読みたいのだが見つからない。
さて、「よつてたかつて志ん朝」でも読み返すかな。
そんな中で、川端康成の「伊豆の踊り子」(新潮文庫で、ほか三篇あり)、小松左京の「蜘蛛の糸」、「沼」(いづれも「地球になった男」新潮文庫にあり短いものだ)はきちんと読み終へた。「伊豆の踊り子」の解説は三島由紀夫で、三島はこれを「断片という感じを与える作品ではない」と言ふが、川端自身は「もっと長い草稿の一部分であった」と全集のあとがきに書いてるさうだが、ずゐぶん久し振りに読んで、本人の言ふとほりではないか、と思つた。中途半端な作品といふ意味ではなくて、もつと長いものの一部といふはうが相応しい気がした。
それから結城昌治の短篇集2冊(角川文庫)から「温情判事」「長すぎたお預け」「私に触らないで」「蝮の家」の4 篇。上手い。筒井康隆のエッセイも拾ひ読みした。なかで触れてゐる佐藤愛子の「何に向かって」といふエッセイの原本を読みたいのだが見つからない。
さて、「よつてたかつて志ん朝」でも読み返すかな。
2013-02-14
2013-02-10
イアン・アーシー「怪しい日本語研究室」新潮文庫(526・used)まへに書いたが、読み始めて1/3くらゐで滞つてしまつた。それから暫くそのままにしてゐた。最近、小説が読めなくなつてゐて、そのせゐか、かういふエッセイなどのはうが読める。P14いきなり「ど真ん中」はないでせう。P53肉の「ニク」は音読みで訓は「しし」、さうなんだ、勉強になりました。P176〜177、日本史を勉強してゐた頃に古文書に挑戦したさうで、書く順番と読む順番が違ふものがあつて、例へば江戸時代の借用証書には「為後日仍如件」で締めくくられてゐるが、これはそのまま文字の順に読むのではなくて「後日の為、仍って件の如し」と読むといふ「ひねくれた順狂せの表記法」と書いてあり、その名残が「含消費税」や「禁無断転載」「至新宿」「乞う御期待」などだと言ふ。これは本気で言つてるのか読み手を試してるのだらうか。最後のはうのマヤ文字と日本文字の類似性について書かれた部分、P180以降はかなり専門的なのでよく解りませんでした。
2013-02-03
2013-01-30
2013-01-29
2013-01-28
古谷実「僕といっしょ」1〜4講談社ヤンマガKC(518〜521・used)状態はあまりよくないけど、amazonで全巻セットだつたので文句は言ふまい。最近BookOffでどれも105円で全巻揃つてゐたのを見掛けたが、人生といふものはさうしたものだ。急いては事を仕損ずる、と言ふ、かと言つて待てば海路の日和あり(だとばかり思つてゐたら、OS附属の辞書で確認したらなんと「待てば甘露の日和あり」の言ひかへなのだつだ!)、とは限らないけど。これは「稲中」のすぐあとの連載のやうで、絵も「稲中」寄りかな。「稲中」は1巻読んで挫折したんだけど、これも近いものがある。笑ひが奇矯だよね、eccentricといふんでせうか?manneristicと言ふか、強引さがあるね。車で拾つたお金と拳銃は結局どうなつたのか。
2013-01-11
2013-01-07
藤原審爾「新宿警察」双葉文庫(516・used)連続テレビドラマにもなつたといふ警察小説。ほかにも数冊出てゐるが、これが第一作。1975年に双葉社から刊行された。38年前の作品。謎解きとしては今ひとつだが、複数の場面や人物、出来事が交錯する書き方は映像を見るのに似てゐるかもしれない。P53「オカツの後に出れるところで信号が」→「出れる」とは新しい。P66「パンにミルクにうで卵」→「うで卵」は「茹で卵」のはうが一般的だ。P81「前科が三犯もある風太郎」→「風太郎」は「ふうたろう」とルビあるが「ぷうたろう」の意、Macの辞書には出てゐた。P98「拾つた流しはエントツをやらせたし」の「エントツ」がちよつと解らない。タクシーが空車の札を立てたまま走ることらしいが、この話の中での意味がしつくりしない。P137「どうにか暮らして大学も出れた」→「出れた」はさすが。この頃から「ら抜き」があつたんだねえ。
2013-01-02
2012-12-26
2012-12-21
2012-12-17
2012-12-12
黒川博行「海の稜線」創元推理文庫(505)だいぶまへにbookoffで105円で見掛けたことがあつた。その頃はまだ黒川博行の初心者だつたから、海難事故云々やブンと総長といふコンビ名も厳ついし敬遠した記憶がある。続けて警察小説を読んで来て、このブンと総長のシリーズをどうしても読んで置きたいと思ひamazonで購入。高速道路での自動車爆発事故から始まる。身元不明の被害者を探すうちに一つの海難事故との関連が浮かび上がる。それが偽装の海難事故ではないかといふ疑惑から事件が解明されて行く。相変はらず黒川博行は誰も余り取り上げない分野(今回は海運業界)を舞台にして手際よく本格ミステリに仕上げてくれる。どれを読んでも外れがない。オレは大阪府警シリーズが好きだけど。この後でブンは総長の娘と結婚するのだが、そつち(「ドアの向こうに」)を先に読んでしまつた。
2012-12-07
樋口有介「ピース」中公文庫(504・used)前橋出身の人といふことで名前は知つてゐた。始めて読んだ。実に巧みな文章で、説明する文章は少なく、会話の中で登場人物が浮かんで来る。連続殺人がなぜ起きたのか、そこのところが今ひとつ納得できない。読み応へは充分なのだが。→読み終へて改めて表紙を見るとピースといふ言葉から受ける印象も複雑だ。子どもたちが無邪気にピースサインを出してゐる。しかし、それで本当に連続殺人が起こつたとしたら、事故の遺族の方々は耐へられないだらう。どんなに不謹慎だつたとしても、所詮子どもがやつたことでせう。なんども言ふけど、アルフレッド・ジャリの事故とカメラマンといふ一文に尽きる。マスコミのかかはりかたにこそ問題がある。(2012.12.14追記)これからは後から記入したときは、こんな風に(自分でも)解るやうにしよう。遡るのが面倒だけど、暇を見つけては直して行かうと思ふ。
2012-12-05
横山秀夫「陰の季節」文春文庫(503・used)これも警察小説の一つ。但し、警察内部の、直接捜査をしない部署を扱つてゐる点で新しい。殺人だけがミステリぢやない。そんなことは当り前なんだけど。謎があつて、謎を解く、その過程の面白さは充分ある。天下りの部署にしがみ付く元幹部はなぜ居座らうとするのか。これが「陰の季節」といふ短篇で、これで松本清張賞を受賞してゐる。兎に角、文章が気になる。馴染めない言ひまはしがあちこちにあるのだ。そこのところを書きたいが、なら自分で書いてみろ、と言はれさうなのでいまは触れない。→やつぱり気になつて仕方がないので書いてしまはう。取り敢へず「陰の季節」の冒頭3行。そのまま引用する(著作権に引つ掛かるかな)。
「春も間近の風音も、この部屋までは聞こえてこない。窓は閉め切られ、隙間なく引かれたカーテンにも厚みがある。空調は働いているようだが、耳障りな音の割りに効いていないことは、ここで半時もパソコンを叩いていればわかる。」
先づ書き出しの「春も間近の風音」の意味が解らなかつた。春を知らせる風の音といふことかな、と気づいたのは全部読み終はつてから。続く「隙間なく引かれたカーテンにも厚みがある。」なら、カーテンの素材や色を書けばいいのではないか。或は、厚手の黒い(例へば)天鵞絨のカーテンが隙間なく引かれてゐる、ではダメなのか。最後の「耳障りな音」で空調が働いてゐることは半時以上そこにゐる人物には充分解つてゐるのになぜ断定しないで「空調は働いているようだが」と曖昧にするのか。
その数行後で、D県警本部の警務課別室を警務課員以外の警察署員は「人事部屋」と揶揄する、と書かれてゐるんだけど、それが揶揄してる呼び方とは受け取れない。警察内ではさうなのか。もつと他にもあるんだけど、長くなるので止めるが、「馬鹿殿よろしく大抜擢を乱発する本部長が」の馬鹿殿つて、志村けんの馬鹿殿のことかと思つてしまつたが、この例へが必要だらうか。(2012.12.31)
「春も間近の風音も、この部屋までは聞こえてこない。窓は閉め切られ、隙間なく引かれたカーテンにも厚みがある。空調は働いているようだが、耳障りな音の割りに効いていないことは、ここで半時もパソコンを叩いていればわかる。」
先づ書き出しの「春も間近の風音」の意味が解らなかつた。春を知らせる風の音といふことかな、と気づいたのは全部読み終はつてから。続く「隙間なく引かれたカーテンにも厚みがある。」なら、カーテンの素材や色を書けばいいのではないか。或は、厚手の黒い(例へば)天鵞絨のカーテンが隙間なく引かれてゐる、ではダメなのか。最後の「耳障りな音」で空調が働いてゐることは半時以上そこにゐる人物には充分解つてゐるのになぜ断定しないで「空調は働いているようだが」と曖昧にするのか。
その数行後で、D県警本部の警務課別室を警務課員以外の警察署員は「人事部屋」と揶揄する、と書かれてゐるんだけど、それが揶揄してる呼び方とは受け取れない。警察内ではさうなのか。もつと他にもあるんだけど、長くなるので止めるが、「馬鹿殿よろしく大抜擢を乱発する本部長が」の馬鹿殿つて、志村けんの馬鹿殿のことかと思つてしまつたが、この例へが必要だらうか。(2012.12.31)
2012-12-04
2012-12-02
2012-11-30
ヒラリー・ウォー/山本恭子訳「失踪当時の服装は」創元推理文庫(500・used)エド・マクベインの87分署シリーズよりもまへに書かれた警察小説。1952年の作。章立てではなく、日を追ふ形で進む。行方不明になつた女子大生を調べる警察の動きがドキュメンタリーのやうに書かれて行く。署長のフォードとバートン巡査部長とのやり取りはちよつと聞き苦しいところもあるが、誰が真犯人なのか、女子大生はどうなつたのかなどの謎解きの部分もあり、名探偵が一気に解決する本格物とは違つて現実味があつて面白い。真犯人を捕まへに行くところで終るのが、ちよつと残念だつた。amazonでヒラリー・ウォーの本を調べたら絶版が多くて3冊中古を纏めて購入したうちの1冊。状態はかなり焼けてゐるけれど、まあまあ。P312、フォード署長の長い台詞の中に「柔道なんてものは、空手で三秒間に人が殺せる」といふ発言があり、柔道と空手がごつちやになつてる。当時のアメリカ人にとつては、そんな認識だつたのだらう。
2012-11-27
2012-11-24
佐藤秀峰「新ブラックジャックによろしく」1〜9小学館(490〜498・used)最終巻がなかなか手に入らず半年くらゐ手つかずだつた。前作の続きといふことで期待して一気に読んだが、腎移植に関する物語なのだつた。確かに表紙をよく見れば、巻数の左に【移植編】と書いてある。エゴの塊、斉藤英二郎が多くの人たち(恋人、家族)を巻き込んで大暴れする。実際暴れるワケぢやないけど、本人は苦しんだり悩んだりしてると思つてるやうだが、実際、腎臓を一つ赤木──この人もかなりのエゴイストで曲者だが──に差し出したくらゐで、なに一つ傷つくこともなくやりたいことをやり通したのは大暴れと言つてもいいだらう。読後にいろいろ思ふところ、感じるところもあり、具体的には纏まらないので、後でもう一度読んだらはつきりするかもしれない。何れにしても、その世界に引き込む力は凄いね。絵も緻密だし。
2012-11-21
2012-11-20
2012-11-10
2012-11-06
2012-11-03
ジョルジュ・シムノン/秘田余四郎訳「リコ兄弟」ハヤカワ・ミステリ(478)ギャングの世界に生きる3人兄弟の話で、一番下のトニィが結婚して堅気にならうとして行方を眩ます、長男でその世界にどつぷりつかりそれなりの地位にあるエディがさらに上の親分からの命令で弟を探す。日本の任侠映画みたいな設定なんだけど、娯楽の要素がないので重苦しい。しかもシムノンは人物の行動について答へを出さない。例へば始めのはうでエディ(殆どエディの目を通して語られるのだ)が彼の親分であるボストン・フィル(オーケストラにかけた洒落かと思つたが違ふみたいだ)からの電話で、どうしてフィルは何の意味もない沈黙を挟むのだらう、と疑問に思ふのだが、なぜかは語られない。ほかにも幾つもの箇所で、彼はかう思つてゐるのだらうか、これはかういふことなのか、とエディは自問するけれど答へはない。だから最後にトニィはどうなつたのか、一切書かれない。予想はつくけれども。
2012-10-31
2012-10-27
2012-10-22
2012-10-20
2012-10-19
2012-10-16
小峰元「アルキメデスは手を汚さない」講談社文庫(471)東野圭吾がこの小説との出会ひが運命を変へたと帯に書いてゐる。まへに読んだエッセイにも、本嫌ひの高校生だつたが、この本を読んでから本を読むようになつた、と書いてゐる。だから読んだ、ワケでもない。まつたく関係ないとは言はないが、題名は知つてゐたし、扱はれてゐる時代がどうもオレが高校の頃とダブるやうなので読まうと思つた。昭和48年度の江戸川乱歩賞受賞作で、当時オレは高2だ。こんな風に大人からは見られてゐたといふことだらうか。ちよつと違ふ気がするが。何れにしても、後味が悪い。美沙子はどうして死んだのか、刑事の推理しか書かれてゐない。毒入弁当の砒素系農薬の入手方法も書かれてゐない。P85「さきほど柴本が"彼らは発想の次元が違うと嘆いた"」と書いてあるが、遡つても見当たらない。見落としてゐるのかも。些細なことが気になる。乱歩賞受賞作は続けて読んだ時期があり、もしかしたら読んでゐるかも知れない。
2012-10-14
東野圭吾「あの頃ぼくらはアホでした」集英社文庫(470)筆者の中学高校時代のことを書いたエッセイ集。年齢が近いせゐか、面白く読んだ。その中で、P114「F高校は日本で最初の服装自由高校となったのである」とあるが、母校渋高も当時は服装自由で、年齢からすれば渋高のはうが一、二年早い。P210「鈍く黄銅色に光る巨大な容器を」とあるが、黄土色ではないか。言ひたいことは解るが、色の種類としては「黄銅」ではなく「黄土」だと思ふ。広辞苑によれば「黄銅」=「真鍮」とあり、真鍮の色といふ意味なのだらうか。P83からの「つぶら屋のゴジラ」を読んでゐたら、大昔、小学生の頃のことが突然蘇つた。まつたく忘れてゐたことで、恐らくこの本を読まなかつたら思ひ出さなかつたらう。それは近くの映画館で募集した怪獣の絵のことだ。オリジナル怪獣の絵を書いて応募し、入賞すると(たぶん)映画の無料券を貰へるといふものだつた。オレは張り切つて応募し、見事入賞。どんな怪獣の絵だつたか思ひ出せない。もう一人入賞者がゐて、記憶がはつきりしないが中学の美術部で一緒になつた人だと思ふ。で、商品の映画の無料券を貰つたのだが、それで何を見たのかは思ひ出せない。オレの書いた怪獣の絵ともう一人の絵が映画館の入り口に張られてゐたのを覚えてゐる。更にその映画館はオレたちの書いた怪獣に名前を付けるといふ募集をした。オレはそれにも応募した。どんな名前だつたかは覚えてゐない。で、またしても入賞。どつちの募集も一体どれくらゐの応募人数だつたのかは知らない。少なかつたのだらうね。商品はやつぱり映画の無料券で、今度は四谷怪談だつたか、幽霊がでてくる映画で、当時は一人でトイレに行くのもビビるほどの怖がりだつたから、見に行ける筈もなく、誰かに譲つたか、無効にしてしまつた。
2012-10-13
2012-10-07
2012-10-05
2012-10-02
深沢七郎「みちのくの人形たち」中公文庫(466)一つ読みをはると続けて次のが読めない。8月のすゑに衝動買ひした。それから間もなく読み始めたのに、こんなに時間がかかつてしまつた。解説を先に読むのは悪いクセだが、これも荒川洋治の解説を先に読んでゐる。荒川洋治と言へば、ずゐぶんまへにTBSラジオで、永六輔の番組だつたかに時折出てゐた。どんな話をしたかは忘れたが詩人であること、そして名前は記憶してゐた。序でに荒川洋治をwikipediaで調べたら、下のはうに関連項目としてゲド戦記挿入歌に対する批判、といふのがあつて、これをクリックすると、萩原朔太郎の「こころ」といふ詩に似すぎてゐる云々の批判を行つた、と出てゐた。朔太郎の詩は純情小曲集にあるので調べられたが、批判の内容がもつと知りたくなつて近隣の図書館で荒川洋治の本を置いてあるところを調べた。共著や編者としてではない著作が大泉3冊、館林6冊、邑楽町11冊だつたので、邑楽町の図書館へ出かけて纏めて借りて来た。なんといふ本だつたか忘れたが、確かに出てゐて、そんなことをしてゐるうちに時間を食つてしまつたのだ。深沢七郎と言へば「楢山節考」で内容は言ふまでもなく、この題名も独特だ。吉田健一が批判的だつたと丸谷才一が書いてゐたのを読んだ気がするが気のせゐだらう。この「みちのくの人形たち」も独特だ。文章も変なところがあつて、読み難いがなんとなく解つてしまふ。見た目は古臭くて下手糞な文章で、けして読み易くはないし、在り来たりな形容や、意味の分からぬ行替へや飛躍だらけの小説だが、読みをへると新鮮な驚きがある。どんなに書き方に工夫しようが、至る所に死が顔を覗かせてゐる、これは死をめぐる本である。
窪之内英策「特選幕の内」小学館ヤングサンデーコミックス(465・used)短いものから少し長いものまでを集めた「傑作集」。聞いたこともない名前の作者だつたが、BookOff朝倉店できのふ見つけた。題名もさうだが、頁の頭に幕の内弁当の絵があつて、おしまひに食べをへた弁当箱の絵。在り来たりと言へばさうだが。最初の「ラプラス」を読んで、ここで読んでしまつては勿体ないと思つた。ゆつくりウチで読みたい、と。この「ラプラス」が半分近い分量を占めてゐる。それだけ読ませる。線が綺麗で、特にコマを含めて定規で引いた直線がないことで、柔らかい印象がある。「HELP!」と「OKAPPIKI EIJI」は「ラプラス」とは線が違つてゐて、誰かに似てると思はせるが、誰だらう。いづれにしても大友克洋以降で、細野不二彦が似てる気がするけど。かういふとオリジナリティがどうした、独創性があるない、といふ話をオレが言つてると思はれてはしないか、気になるのだが、基本的に似てるつてことを否定的に考へてない。wikipediaで調べたら「ツルモク独身寮」つていふのを書いた人なのだ。これは聞いたことがある。読んだことはないけど。それと、あとがきの中で「まんが」を「まむが」と表記するのはどうなんだらう。「漫」は「まん」でいいんぢやないか。そこに込めてるものがオレには伝はらない。
2012-09-20
古今亭志ん朝「もう一席うかがいます」河出書房新社(464・邑楽町図書館)「世の中ついでに生きてたい」と同じく対談集。志ん生絡みの話がたくさん語られる。朝太の頃、近藤日出造との対談から始まる。ほかに佐藤陽子、山田洋次、安達瞳子、手塚治虫、太地喜和子、檀ふみ、野末陳平、山川静夫、寺田農、金原亭馬治(十一代目馬生)、村松友視。なんと言つても太地喜和子との対談がいい。色つぽくて、しかもかはいさがある。と山川静夫との対談で東京で関西弁は聞きたくないといふ話。確かに方言はさうだ、その土地で聞くのがいい。オレも20歳の頃に青森へ行つたとき、電車の中で青森弁で喋る女子高生を見て、いいなあ、と感じた。女子高生だつたからかも知れないが。──が、では東京弁はどうなんだらう。また逆に関西にとつてそこで聞く東京弁、標準語といふものは違和感がないのだらうか。
PS.「世の中ついでに生きてたい」の対談相手は、山藤章二、十代目馬生・結城昌治、池波正太郎、池田弥三郎、結城昌治、中村勘九郎、荻野アンナ、江國滋、中村江里子、林家こぶ平(現・正蔵)でした。
PS.「世の中ついでに生きてたい」の対談相手は、山藤章二、十代目馬生・結城昌治、池波正太郎、池田弥三郎、結城昌治、中村勘九郎、荻野アンナ、江國滋、中村江里子、林家こぶ平(現・正蔵)でした。
2012-08-25
2012-08-18
2012-08-12
2012-07-15
黒川博行「キャッツアイころがった」創元推理文庫(459・used)久し振りに旨い料理を食つた気がする。クリスティの後でも、さう思ふ。これで9冊目。短篇集2冊、後は長篇。一つも外れがない。三島の「禁色」が旨さうに見える高級料理で、でも食べてみたら食堂の入り口にある食品サンプルみたいに味もしない、満腹感もない料理だつた、と言つたら失礼か。いや、こつちが歯がぼろぼろで舌も味覚を失つてゐるのかもしれない。元宝石ブローカーの山本の話は重いね。P119低賃金で宝石採掘現場で働くガリガリに痩せた労働者が、様子を見に来ただけのブローカーが貧しい弁当を覗き込むと、食べるかい、といふやうに差し出す。そんなことは物語とは直接関係ないので書かなくてもいいんだけど、書く。さういふところが黒川博行だな。これまでずつとBookOffだつたので、こんだけ楽しませて貰つたからには、今度こそ定価の文庫、いや単行本を買ひますから。京都で言ふお愛想ではありません、けして。
2012-07-14
アガサ・クリスティ/深町眞理子訳「ABC殺人事件」創元推理文庫(458)。黒川博行の「キャッツアイころがった」を入手したので読み始め、いつものやうに解説をパラパラめくつたら、クリスティの「ABC殺人事件」を読んでからのはうが良いらしいのでAmazonで買つて読んだ。ま、イレギュラーな読書といふことになる。クリスティはどれも読み易い。ポワロがときどきホームズ風のお喋りをするのが鬱陶しいところもあるが、……。不明な点が幾つか。P90語り手へイスティンクズは2日ほどロンドンを離れてゐて、22日の午後に戻つたと書いてあるが、7月21日に最初の事件があつて、ポワロと二人で現場に行つてるんだから、日が違ふのでは?P104カーター警視と覚しき人物の発言「白いドレスを着た娘が、」だが、そのまへにはどこにも被害者が白いドレスだつたとは書いてない。必ず事前に被害者の服装を記述しろとは言はないが、唐突だつたので。P274これから事件が起こるかもしれない競馬場で、なんでそのタイミングでクラークは兄からの手紙をポワロに見せたのか。
2012-07-11
2012-07-02
2012-06-30
2012-06-13
田中正明「パール判事の日本無罪論」小学館文庫(455)東京裁判(極東国際軍事裁判)でただ一人、被告全員無罪の判決を出したインドのパール判事に関するもの。P223〜224にかけて、原爆投下やソ連の侵攻も日本の侵略戦争を終熄させるためのものであり、悪いのは日本の軍国主義である、と考へる日本人が多くゐることに対して筆者は嘆いてゐるが、オレの中学高校時代にはオレを含めて概ねまはりの誰もがさう考へてゐただらう。いまは違ふ。が、いまでもさう考へてゐる人たちは多いのかもしれない。実は日本は悪質な手段で戦争を仕掛けられ、恰も真珠湾を奇襲攻撃したかのやうに情報操作され、敗戦後も「真相箱」といふ洗脳まがひの報道や、この東京裁判により、多くの捩ぢ曲げられた歴史を信じ込まされてきたのだ。A級戦犯とはなにか。靖国参拝がなぜ悪いのか。そもそも東京裁判とはなんだつたのか。自分で手に入る資料や書物を読み、考へて答へなくてはならない、日本人として。恐らくいまでも、オレがこれまで知り得た戦争までの経緯や戦後の策略などは学校では教へてゐないだらう。東京裁判と真相箱は貴重な歴史の手掛かりだ。所詮日本人は黄色い猿だと思つてゐる白人は多いのだらう。日本人にしてからが、同じアジア諸国の人たち、例へばフィリピンやインドネシアの人たちよりも日本人のはうが上だと思つてゐるフシがある。情けないことに、オレにはまつたくないとは言ひきれない。
2012-06-12
高野文子「棒がいっぽん」マガジンハウス(454)。最初の「美しき町」は当然堀辰雄の「美しい村」の題名が念頭にあつたでせう。中身は勿論違ふ。最初の、ページを跨いだ4コマ、凄い、いいねえ、この人の漫画は素晴らしい、と感嘆した。小説では絶対こんなことは出来ない。映画なら可能だらうけど、見開きの本のやうに直ぐにコマ(映像ならシーン)を戻れないから、やはりこれは漫画にしか出来ないことなのだ。どの作品も見事で、読みをへるのがをしかつた。とりわけ「バスで四時に」の始めのはうでマキコちゃんがバスに乗り込みステップを上がる、まへのはうへ移動する、これが1ページに2コマで書かれてゐるのだが、この視点の角度と時間の流れ。インターネットで高野文子を検索したときに見つけたページで、なんといふ題名なのかを更に調べ、この作品集にあつたので早速これを買ふことに決めたのだ。この絵で決めたと言つてもいい。どうしても読みたい、手に取つて読みたいと思つたのだ。P68の右下の座席にすはらうとする絵の姿勢、次のやや見上げる感じて正面からマキコちゃんを書いてゐるが、その膝が綺麗だ。更にP71発車したバスの中の3コマ、最後のコマのアングルは予想もしなかつた。挙げたらキリがない。「奥村さんのお茄子」は一番長いが、これもまた吃驚(びつくり)。こんな風に過去の1シーンを切り取つて隅々まで辿れたらどんなに面白いだらう。冒頭、P138〜139への視点の寄り方にも唸つてしまつた。これが1994年の作品。この作品集の不思議なタイトルはこれを読めば納得する(納得はできないけど、根拠は示される、ポストの裏に書いてあるぢやないか!)内容もさうだが、オレは兎に角絵が凄いと思つた。他の作品もほしいが、まだ見落としてるところがあるやうな気がするので、暫くこれをときどき手に取つて眺めてゐたい。蛇足ながら、上田としこの絵に似てると思ふ。
2012-06-04
ジョルジュ・シムノン/三輪秀彦訳「猫」創元推理文庫(453)これはシムノンが64歳の頃に書かれたものだ。主人公の夫婦は夫エミール・ブワン73歳、妻マルグリット71歳。シムノンにとつてはSFである。主な人物はこの二人。そして猫と鸚鵡。老夫婦の陰惨な確執──と言つてしまつたら、この小説の値打ちを下げるだらう。これこそ談志の言ふ人間の業の肯定だ。お互ひに殺したいほど相手を憎みながら、代りに猫や鸚鵡を殺すのだが、本人が気づかないところで相手を必要とし(これほどの反発や無視は却つて真意の裏返しである)、そのままの自分を受け入れてほしいと思つてゐる再婚同士の老夫婦の日々だと読めた。心理をあれこれくどくど説明する文章は省かれてゐるので想像しながら補ふしかないが、読みながらオレはこの二人と一緒の世界にゐた気がする。つまり彼らの部屋の片隅で息をしながら彼らの動きを見てゐたやうに思ふ。ⅦのをはりからⅧにかけて解り難いところがあるので、もう一度そこんところを読み返さう。一体マルグリットは死んだのかい?シムノンは、いい。でも、すつと入れるときと、さうでないときが歴然とあるので読み始めるタイミングが難しい。
2012-06-02
古今亭志ん朝「世の中ついでに生きてたい」河出文庫(452)衝動買ひ。見つけた途端に欲しくなつた。で、一気に読んだ。志ん朝の対談集で、当然のことながら父志ん生にまつはる話(なんと兄馬生と一緒に志ん生一代を書いた結城昌治との対談もある)から落語に対する思ひが語られてゐて面白いんだけど、なぜか志ん朝の声は聞こえないんだなあ。生の、あの志ん朝の口調ではない。文字にはできないんだらうなあ。なつた積もりで読めば、なんとなく。談志をめぐる話も出て来る。本物見たし、一緒の写真も撮つて貰つたし。でもその写真が見つからないんだよなあ、悔しい。志ん生を知らない子どもたち、つていふシャレがあるけど、いまぢやあ志ん朝を知らない子どもたちなんだから、悲しい。志ん生一代、もう一回読むかなあ。
川端康成「雪国」新潮文庫(×2)むかーし読んだことがあるので、再読。殆ど覚えてない。駒子はかはいい人だなあ、といふ印象だけ残つてた。後は関水のことをhiko8さんに指摘されて、もう一回読むかなあ、と。三島の「禁色」でへとへとだつたし。ゆつくり読み返しても、よく意味がわからない小説。特に駒子と島村の男と女の関係が具体的に書かれてゐないからね。ここはさうなのかなあ、と推理するしかない。例へばP30の最後の3行目「突然激しく唇を突き出した」、の次の「しかしその後でも、寧ろ苦痛を訴える譫言のやうに」のあひだで、なにかあつたと推察できる。P31の中程、「私が悪いんぢやないわよ、(略)」などと口走りながら、よろこびにさからふために袖をかんでいた。──といふ辺りは、さういふ状態なんかなあ、と。具体的にさう言ふ場面が書かれてゐないので、話が飛んでる気がした。
ほかにも幾つか、さういふことがあつたんかなあ、と思へる場面はある。兎に角駒子がいいね。映画になつたのは、最初のは見てなくて、木村功が島村を演つて、駒子が岩下志麻だつた。駒子と言へば岩下志麻。これは覆せない。どんな人が演じても。読み返した理由の一つに、まあ、どうでもいいことだつたけど、あるとき石垣純二の常識のウソといふ本で、雪国の中に生理中に交はるところがある、と書いてあつたのを思ひ出した。で、そんな場面があつたなあ、と確かめようと思つたのも読み返した些細な理由。記憶になかつたからね。で、ゆつくり読んだつもりだけど、該当する場面はわかりませんでした。それにしても駒子はかはいい。
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