2013-04-27
2013-04-21
2013-04-17
中町信「浅草殺人風景」徳間文庫(534・used)どうしてかう、読んだ後の印象に違ひが出るのか。下の「悪魔のやうな女」では人物の印象が薄くて、話の筋を慌しく追つて行く骨組みだけの小説に思へた(専業作家になつて以降の作品には残念ながらかうした印象を受けるものが多い)のに、これは人物が生き生きしてゐる。浅草が舞台だから、といふわけでもないだらう。P16〜P17にかけて、浅草の三社祭の初日死んだ人物の名前がかはつてしまふので、誤植かと思つたら、さうではないことが読み進めるうちに解るのだが、これはもう少し説明を付けてもネタバレにはならないでせう。それともオレだけが、さう読んでしまつたのか。最後の真相の部分はもうちよつと書き込んでほしかつた。真犯人の心境とか、連続殺人の方法とか。この浅草のシリーズは2作しかない。まへの「浅草殺人案内」のときにも書いたけど、鮨芳は一体いつネタを仕入れに行くんだらう。河岸に行かなくても馴染みの業者があつて、届けてくれるのだらうか。
2013-04-14
中町信「悪魔のような女」ケイブンシャ文庫(533・used)久し振りの中町ミステリ。ここには生身の人間は一人もゐないと言つていい。肌のぬくもりもにほひもない。手品の人体轢断で血が噴き出したら、身も蓋もないのと同じやうに。登場人物たちは舞台の上でそれぞれ割り振られた役名の行動をし、台詞を喋る。その台詞は肝心なところで観客の目を惑はせ、読み手を誤解させるために用意されたものだ。手品のやうに。だから、手際の善し悪しが出来不出来になる。ここでは最初の事件で凶器に付いてゐた指紋の照合を、一度で済んだはずなのに容疑者がかはる度に繰り返される、といふ杜撰な捜査で辛うじて切り抜ける。アクロバットだね。これがダメな人は中町ミステリは無理。これは「殺人病棟の女」を改題したもの。プロローグとエピローグの意外性も少ないし、誤読への誘導も大きく軌道を外すことがない。日付と時間が書いてあるのだが、時間のはうの意味がよくわからなかつた。
2013-04-12
土屋秀宇「日本語「ぢ」と「じ」の謎」光文社知恵の森文庫(532)amazonで評判がよかつたし、興味もあつたので買つた。鼻血は「はなぢ」なのに地面は「じめん」と書くのはをかしいといふ話は面白いけれども、レビューの一人が書いてゐたやうに、おしまひのはう(第10章)は仮名遣ひとは直接関係のない話になる。著者が師と仰ぐ石井勲をめぐる漢字の学習法、教育法についての話が唐突に出てくるからだ。P196中程「あまりにかわいそうです(笑)」。講演の筆記でもないのに、一体どういふ神経か。巫山戯てるのか。国語改革の中心人物である上田萬年が主任教授を務めた東京帝大の「国語研究室」から上田とは全く逆の立場に立つことになる「広辞苑」の編纂者である新村出を始め橋本進吉(「古代国語の音韻に就いて」)、時枝誠記(「日本文法」)、山田孝雄が育つたといふ皮肉。森鴎外が歴史的仮名遣ひや漢字を減らす方向へ動かうとする当時の文部省への意見書は抜粋だが流石だと思ふ。いつそ日本語を止めてフランス語にしたらいい、などと寝言を言つた志賀直哉とは人間の出来が違ふ。国語をめぐる歴史を大まかになぞつた感じで期待外れ。
2013-04-05
2013-03-31
2013-03-26
玉村豊男「今日よりよい明日はない」集英社新書(529・used)いやあ、漸く新たに本を読み通した。玉村さんの本だから最後まで読めるだらう、と、きのふ読んだコミックと一緒に買つたのだつた。身の丈に合つた生活を良しとする、長い平和な時代は江戸に学べ、オレなりに要約するとそんな話。的外れでも良い。読んで意外なことが二つ。昔、江戸時代に露天の屋台で売られてゐた寿司のサイズは実は「一貫ひと口半」といはれるほど大きかつたのださうだ。小さくなつたのは終戦後なんだ、と。それと「郷に入れば郷に従え」を「田舎に来たら田舎の人のやるようにしてもらわないと(困る)」といふやうに使つてゐるのは間違ひだ、といふのだが、さういふ意味で解釈してゐなかつたので、オレも困つた。行つたその土地、その国のやり方に従へ、といふ風に理解してゐたのでね。
2013-03-25
柿崎正澄「HIDE OUT」小学館(528・used)久し振りにBookOffで、読めさうな本、なんかねえかなあ、と思つてたら、目について立ち読みしたら面白さうだつた。ホラー漫画と呼ぶんだらうか。「南海の楽園」(裏表紙にさう書いてある)での出来事で、実は主人公とその妻にはそれまでの事情があり、それが主に語りの中心になつてゐる時間の流れに時折差し挟まれる。子どもを事故で亡くした小説家とその妻といふ設定。旅行で立ち寄つた島で起こる不思議な出来事。「二舎六房の七人」といふ安部譲二原作の漫画を書いた人で、息子が読んでたか、どこかの病院の待合室に置いてあつたかで、絵を見たやうな気がしてゐた。Hide Outを辞書で調べたら「(犯罪人などの)潜伏場所」といふ意味で、ま、さういふ内容。戦争の生き残りらしき親子(?)に囚はれて、……。絵は丁寧だし細かいところまで書き込んである。読み終へて、人物設定や展開にちよつと類型的なものを感じたが、兎に角、一気に読めた。停滞期を脱出できればなあ。
2013-03-21
2013-03-15
2013-03-08
このまへの投稿からけふまで、一冊もあらたに読み始めることができなかつた。いまもさういふ気持ちになれないのだが、以前読んだ本の中から気になつてゐたところを読みなほしたりしてゐた。例へば、金井美恵子が吉田健一の「私の食物誌」(中公文庫)の解説で書いてゐた「わたしが不自然だ」と思ふ比喩は丸谷才一の「食通知つたかぶり」(文春文庫)のどこだつけ、と不意に思ひついたものを探して確認する。或はPHP文庫の「相対性理論を楽しむ本」、「量子論を楽しむ本」などを拾ひ読みするけれども、始めから読み通すことはできなくて途中でなげ出す。後藤明生の「挟み撃ち」(講談社文芸文庫)の冒頭部分も読み返して、見事だなあ、と嘆息するけれども、そのまま読み進めることはできない。それからカフカ「ある流刑地の話」(角川文庫)と芥川龍之介「或る阿呆の一生・侏儒の言葉」(角川文庫)の中の数篇(この2冊は本を読むやうになつた頃から特別気に入つてゐる本で、カフカのものは「観察」と「村の医者」といふ短いものを集めたものが好きで、芥川では「たね子の憂鬱」「歯車」──これは閃輝暗点と呼ばれるもので、オレにも屢々現れる、車の運転も不可能だし、歩行すら怖い──「本所両国」特に「鵠沼雑記」、表題になつてゐる作品にはまつたく興味がない)なども手に取つてはゐるけれども、いづれも「読んだ」とは言へないだらう。
そんな中で、川端康成の「伊豆の踊り子」(新潮文庫で、ほか三篇あり)、小松左京の「蜘蛛の糸」、「沼」(いづれも「地球になった男」新潮文庫にあり短いものだ)はきちんと読み終へた。「伊豆の踊り子」の解説は三島由紀夫で、三島はこれを「断片という感じを与える作品ではない」と言ふが、川端自身は「もっと長い草稿の一部分であった」と全集のあとがきに書いてるさうだが、ずゐぶん久し振りに読んで、本人の言ふとほりではないか、と思つた。中途半端な作品といふ意味ではなくて、もつと長いものの一部といふはうが相応しい気がした。
それから結城昌治の短篇集2冊(角川文庫)から「温情判事」「長すぎたお預け」「私に触らないで」「蝮の家」の4 篇。上手い。筒井康隆のエッセイも拾ひ読みした。なかで触れてゐる佐藤愛子の「何に向かって」といふエッセイの原本を読みたいのだが見つからない。
さて、「よつてたかつて志ん朝」でも読み返すかな。
そんな中で、川端康成の「伊豆の踊り子」(新潮文庫で、ほか三篇あり)、小松左京の「蜘蛛の糸」、「沼」(いづれも「地球になった男」新潮文庫にあり短いものだ)はきちんと読み終へた。「伊豆の踊り子」の解説は三島由紀夫で、三島はこれを「断片という感じを与える作品ではない」と言ふが、川端自身は「もっと長い草稿の一部分であった」と全集のあとがきに書いてるさうだが、ずゐぶん久し振りに読んで、本人の言ふとほりではないか、と思つた。中途半端な作品といふ意味ではなくて、もつと長いものの一部といふはうが相応しい気がした。
それから結城昌治の短篇集2冊(角川文庫)から「温情判事」「長すぎたお預け」「私に触らないで」「蝮の家」の4 篇。上手い。筒井康隆のエッセイも拾ひ読みした。なかで触れてゐる佐藤愛子の「何に向かって」といふエッセイの原本を読みたいのだが見つからない。
さて、「よつてたかつて志ん朝」でも読み返すかな。
2013-02-14
2013-02-10
イアン・アーシー「怪しい日本語研究室」新潮文庫(526・used)まへに書いたが、読み始めて1/3くらゐで滞つてしまつた。それから暫くそのままにしてゐた。最近、小説が読めなくなつてゐて、そのせゐか、かういふエッセイなどのはうが読める。P14いきなり「ど真ん中」はないでせう。P53肉の「ニク」は音読みで訓は「しし」、さうなんだ、勉強になりました。P176〜177、日本史を勉強してゐた頃に古文書に挑戦したさうで、書く順番と読む順番が違ふものがあつて、例へば江戸時代の借用証書には「為後日仍如件」で締めくくられてゐるが、これはそのまま文字の順に読むのではなくて「後日の為、仍って件の如し」と読むといふ「ひねくれた順狂せの表記法」と書いてあり、その名残が「含消費税」や「禁無断転載」「至新宿」「乞う御期待」などだと言ふ。これは本気で言つてるのか読み手を試してるのだらうか。最後のはうのマヤ文字と日本文字の類似性について書かれた部分、P180以降はかなり専門的なのでよく解りませんでした。
2013-02-03
2013-01-30
2013-01-29
2013-01-28
古谷実「僕といっしょ」1〜4講談社ヤンマガKC(518〜521・used)状態はあまりよくないけど、amazonで全巻セットだつたので文句は言ふまい。最近BookOffでどれも105円で全巻揃つてゐたのを見掛けたが、人生といふものはさうしたものだ。急いては事を仕損ずる、と言ふ、かと言つて待てば海路の日和あり(だとばかり思つてゐたら、OS附属の辞書で確認したらなんと「待てば甘露の日和あり」の言ひかへなのだつだ!)、とは限らないけど。これは「稲中」のすぐあとの連載のやうで、絵も「稲中」寄りかな。「稲中」は1巻読んで挫折したんだけど、これも近いものがある。笑ひが奇矯だよね、eccentricといふんでせうか?manneristicと言ふか、強引さがあるね。車で拾つたお金と拳銃は結局どうなつたのか。
2013-01-11
2013-01-07
藤原審爾「新宿警察」双葉文庫(516・used)連続テレビドラマにもなつたといふ警察小説。ほかにも数冊出てゐるが、これが第一作。1975年に双葉社から刊行された。38年前の作品。謎解きとしては今ひとつだが、複数の場面や人物、出来事が交錯する書き方は映像を見るのに似てゐるかもしれない。P53「オカツの後に出れるところで信号が」→「出れる」とは新しい。P66「パンにミルクにうで卵」→「うで卵」は「茹で卵」のはうが一般的だ。P81「前科が三犯もある風太郎」→「風太郎」は「ふうたろう」とルビあるが「ぷうたろう」の意、Macの辞書には出てゐた。P98「拾つた流しはエントツをやらせたし」の「エントツ」がちよつと解らない。タクシーが空車の札を立てたまま走ることらしいが、この話の中での意味がしつくりしない。P137「どうにか暮らして大学も出れた」→「出れた」はさすが。この頃から「ら抜き」があつたんだねえ。
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