2007-05-09

73.煙で描いた肖像画

ビル・S・バリンジャー/矢口誠訳・創元推理文庫
これは1950年に刊行されたもので、古典と読んでいいかどうか、ベストテン式に挙げられるミステリー作品はこの頃に書かれたものが多い。或はポオとか、ホームズものなど、もつと古くなる。逆にここ10年くらゐのあひだに書かれた海外のミステリーを読む機会のはうが少ないワケだ。翻訳する人がゐないと読めない。あれだ、パトリシア・コーンウェルなんかは最近の人だ。確か、オレと同い年くらゐの筈。……ま、そんなことはどうでもいい。主人公のクラッシーが17才で手にする美人コンテストの賞金が100ドル。その賞金を作るために地方新聞社の経営者が処分した車の代金が75ドル。クラッシーの婚約者バッカムが抱へたカード負債額1,200ドル。2007年5月の為替レートだと1ドル=120円かな。賞金12,000円、車が7,500円、負債144,000円。しかし、1950年代の物価はどうだつたか、ちよつと調べた。凡そ10分の1。大卒の初任給(公務員)が10,000円に満たない。とすると、賞金120,000円→公務員給料1年分、負債1,440,000円→これは10年分ぢやないか。ちよつと実感があるかな。内容と関係ない話をしてるが、主人公のダニーとクラッシー、この二人の行動が交互に描かれ、最後に一つになる。そこで(後から考へればそれほど意外ではない)クラッシーの行動がダニーを窮地に追ひ込む。事件は解決してないが、ここで終つてほしい。

2007-05-04

72.サミング・アップ

モーム/行方昭夫訳・岩波文庫
これは「要約すると」といふ題名で既に翻訳されてゐたものだと解説にある。「要約すると」が「サミング・アップ」だと知つたのはいつだらう。新潮社の出版カタログにあつたモーム全集のところに「要約すると」があつたのは覚えてゐる。その頃は、恐らく高校を出て直ぐか二十歳ちよつと過ぎくらゐの生意気な盛りだから、通俗的だとかなんとか、なにを通俗的と呼ぶのかすら考へたこともない癖に偉さうにモームは通俗作家だから、と敬遠してゐたものだ。若さとは未熟さだ。吉田氏の言ふ通りだよ。当時はしかし「月と六ペンス」は読んでゐた筈だ。ゴーギャンをモデルにしてるといふことで読んだのだが、主人公の生き方への興味はあつたけれどもモームについては惹かれるものがなかつた。それが「お菓子と麦酒」で一気にオレにとつて重要な作家になつた。それから「コスモポリタンズ」「アー・キン」「女ごころ(丘の上の別荘)」と集めて読んで来たわけだが、そこで漸く「要約すると」=「サミング・アップ」が新訳で出るといふ新聞広告を見て注文したのだつた。読み始めて、意外に手子摺つた。小説では気にならなかつた言ひ回しの灰汁みたいなものを感じてすんなり頭に入らない。訳者の違ひか。簡単な日常英会話すら出来ない癖に、こんなことを言ふのは気が引けるが、例へば「お菓子と麦酒」には「序」があつて、これがなかなか読ませるのだが、ちつとも抵抗なく頭に入る。続く小説の冒頭も、癖のある言ひ回しでストレートに語り始めてはゐないから、ここで躓く人がゐてもをかしくない。さういふ特徴とは違ふものがある。例を挙げよう。著作権に引つ掛かるかな。なるべく短く。要は大抵の人は人生設計が決められてゐて自由がない、と言ひ、かう続く。「こういう設計が、誰かが自分で描こうとした設計図と同じように完全でないという理由はないと思う。」──オレにはこの言葉の意味が呑み込めない。意味不明。読解力がないのか。いや、これは日本語になつてないでせう。英語の正しい翻訳かも知れないが。かういふ文章が何箇所かある。新潮社の全集は中野好夫氏の訳だ。確か「月と六ペンス」も。そつちも読んでみたいが、手に入るかどうか。とても示唆にとんだ内容なので、要再読。この人の新訳で岩波は「人間の絆」上中下を出した。新潮も上下二巻にして出した。モーム、シムノン、グリーン、ハイスミスは重要なのだよ。

2007-04-16

榛名湖殺人事件(再読)

中町信・TOKUMA NOVELS
中町氏のコレクションの中から敢へてこれを選んだワケは勿論タイトルで、榛名湖、伊香保、前橋などの地名が出てくるし、刑事はなんと渋川署だ。豊田商事事件の頃に書かれたものか、開堂商事といふ名前の似たやうな悪徳商法の会社が出てくるのはいいのだが、この会社は倒産してから三年近くたつ、と主人公の有馬(これも渋川の地名で存在する)悦子と入院してゐる病院の婦長との会話の中で話してゐるのに、開堂商事主催の伊香保旅行が二年前、更にそこに有馬が努めてゐたのが一年半前だと書かれてゐるのは、一体どう解釈すればいいのだらう。倒産した会社に勤めるなんてことが出来るのか。今回読み返して気になつたのはそこだけど、前に読んだ時には気づかなかつたのかなあ。幾つか伏線らしき部分、引つ掛けの部分には騙されなかつたから真犯人は解つたけど、トリックは完全には解けなかつた。

2007-04-12

71.殺人交差点

フレッド・カサック/平岡敦訳・創元推理文庫
最後の最後で、ホントに最後のページで真相が知らされる。さうだつたのか、やられた、と思つた。表題作のほかに「連鎖反応」といふのも入つてゐる。どつちもなかなか面白い。

2007-03-07

70.九つの殺人メルヘン

鯨統一郎・光文社文庫(used)
去年「邪馬台国はどこですか?」と「新・世界の七不思議」を続けて読んだ。どつちも面白く読んだけれども、2冊とも事件(或は犯罪)があつて、それがどうやつて行はれ解決されたか、といふ推理ではなかつた。設定は同じく安楽椅子探偵といふ形式だけれども、これは事件(或は犯罪)を扱つてゐる。この形式は会話を中心に進むので入り易く読み易い。都筑道夫氏の「退職刑事シリーズ」もさうだし、鮎川哲也氏の「三番館シリーズ」もさうだ。アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」が有名らしい。これもずゐぶん昔に読んでゐる。──で、更にこれはメルヘンの新解釈を織り込んで、それを謎解きのヒントにしてゐるところが一工夫だらうか。まあ、メルヘンの新解釈は以前読んだ「昔話にはウラがある」みたいに、ちよつと強引なものがあるけれど、これはそれほどには感じなかつた。最後の1話を除いてアリバイ崩し。最後のは小人の靴屋の話を使つたワケがピンと来ない。上記の2作ではカクテルだつたのが日本酒に代はつて、やはり料理を含めた蘊蓄も語られるのだが、実は作者は料理や酒に余り興味がないのではないか、といふ気がして仕方がない。思ひ入れのやうなものが伝はつて来ない。意図してそこそこで切り上げてゐるのだ、と好意的に解釈しよう。充分に面白いけどスリルは物足りない。

2007-02-09

69.超能力の世界

宮城音弥・岩波新書(used)
もとは「神秘の世界」で、これは改訂版だといふ。それでも兎に角、古い。使はれてる写真も輪郭のはつきりしないものだし、取り上げてゐる事例も20世紀初頭のものばかり。科学的に検証する云々といふところが、hiko7 newsとかぶつてるのは偶然。勿論、意味のある偶然の一致だ。それなりに面白く読んだが、新書つてのは、なんか食ひ足りないね。

2007-02-05

68.感じない男

森岡正博・ちくま新書(used)
これには困つた。香山リカに続いてハヅレだ。なにが言ひたいんだらう。男の不感症についてだ、といふことは始めに書いてある。しかし、ここに出て来る仮説はオレには牽強付会、我田引水にしか見えない。筆者は大学教授ださうだが、かういふ人がものを教へる時代なんだと思ふと怖いね。(自らの思春期の告白を読む限り)精神的にキズを持つてるやうだし、キズがあつてはイカンとは言はないが、その癒え方が微妙に捩じれてゐるのではないか。心の中を、と言ふか頭の中を探つて行けばどうにでも解釈出来る無意識部分の説明は強引だし、如何にも紋切り型で単純な推理だよ。さうでないものは受け入れられない屁理屈だ。その都度否定する偏見と性犯罪傾向は、レトリックなのか知らないが、氏自身は自覚してゐないだけで、犯罪資質は充分に備へてゐると思ふし、偏見もずゐぶん持つてるやうに感じる。

2007-01-26

67.問ひ質したき事ども

福田恒存・新潮社
これは1982年に買つたものだ。裏に黒い万年筆でさう書き込みがある。この書き込みの習慣のために恐らく死ぬまで読む事もないだらうと思はれる本があつても棄てる以外に処分の方法が見付からず持て余してゐるのだが、……。それから続けて「知る事と行ふ事と」、「人間不在防衛論議」の2冊を購入した。この2冊は2004年に自転車事故の頃に既に読んだ。これが後になつたのは、こつちのはうが著作として新しいからだ。国防に関する記述と韓国の政治を巡るものが多い。勿論、国語、言葉に関するもの。それが目的で買つたワケだ。なにしろオレは福田氏の「私の国語教室」を読み、歴史的仮名遣ひを使用することにしたのだ。言つてみれば師匠である。

2007-01-24

66.貧乏クジ世代

香山リカ・PHP新書(used)
副題として「この時代に生まれて損をした!?」とある。なぜこの本を買ひ、かつ読んだのか、読み終へたこつちが「!?」だつた。なにが言ひたいんだらう「??」。テレビでたまに見掛ける精神科医で、名前がリカちやん人形の(たぶん)本名を借りてること、オタク擁護の本がある、などの予備知識しかないが、視点がブレてないか。と言ふか上つ面過ぎないか?70年代に生まれた世代像を分析したり、男女雇用均等法などに触れながら女性の雇用の現実などにも言及してるけど、一体何が言ひたいんだらう。生まれた時代が悪かつた、昔はよかつた、なんてことはどんな世代でも考へる、いや、若いうちはさうやつて逃げ道を見付けるワケだ。それを口にするかしないか。口にする世代、人間を相手にしてその世代の特徴はなどと考へても仕方がないだらう。敗戦、テレビの登場、家庭電化製品の氾濫、東京ディズニーランド、ファミコン、携帯電話、この辺が大きく関はつてるんだよ、この腐敗した日本の現状は。生活が変はつたんだ。それは人間の感じ方、見方、考へ方を変へる。もともと明治維新から何かが大きく変はつて、それが実は付け焼き刃だつた、といふことなんぢやないか。……明治維新に就いて、その前後の状況に就いてもつと勉強してからでないと、これ以上は言ひやうがないけど。少なくとも「バブルの崩壊」なんて関係ないよ。この言葉は既に中身がなくなつてる、幻想だよ。

2007-01-21

65.悪い食事とよい食事

丸元淑生・新潮文庫(used)
小説を読む気になれなくて漫画を続けて買つて読んだ。でも活字が読みたくて、BookOffでパラパラ捲つたら「腰痛者を作り出す食事」なんてのがあつて、続けて「高血圧を予防するカルシウム」が目に付いて買つた。読み易いのでスラスラ読んだけど、あんまり内容は覚えてない。数種類の、精製してない穀類と海藻と豆類などが何度も出て来たのは覚えてる。腰痛はカルシウムの不足。高血圧にもカルシウム。たださあ、食べ物つてのは栄養だけで考へられない、見た目とか味とか、旨い不味いがあるし、……吉田健一氏の言ふやうに、旨いと思つて食べるものが体に悪い訳はない、といふ意見、実に納得するんだよなあ、吉田氏が言ふからなんだけど。野菜とか、レタスだのピーマンだの茄子だの胡瓜だのトマトだの、急に食べたくなつたりするし、豆腐とか昆布とかもスーパーで眺めて「あ、食べたい」と思ふことがあるから、体が必要とするものは「食べたい」と思ふんぢやないのかね。そんで、それは旨いと感じるんだよ。栄養の知識はあつたはうがいいけど、それが嵩じると「あるある大辞典」みたいなことに、……ま、この本はまた後で時々パラパラと捲るかもなあ。この人は「赤い月」とかいふ小説で、むかーし芥川賞の候補になつた人でせう?違ふ?……どつちでもいいんだけど。

2007-01-18

64.鮫肌男と桃尻女

望月峯太郎・講談社ミスターマガジン(used)
一緒に「バイクメ〜ン」も買つて読んだけど第1巻だけなんで触れない。こつちは一応1巻完結なので。序でに言ふと、吉田戦車氏の「伝染るんです」の2と3、業田良家氏の「ヨシイエ童話6 LOVE男」も読んだ。望月氏は「バタアシ金魚」と「ドラゴンヘッド」だつけかな。どつちも読んでない。絵は好きだね。好きになれない絵つてのは、あるから。植田まさし氏は結構買つて読んだけど絵そのものは好きになれない。桃尻娘つてのがある。橋本治氏の小説だつたか。こつちは女だけど、桃尻つてところが頂いてるよな。鮫肌だつて、ビックリハウスだかの周辺に鮫肌文殊といふ人がゐなかつたか?ダメだよ、頂き物ばかりぢや。特別話に工夫があるとは思へなかつたけど、……。

2007-01-17

62.63.源さん刑事 上・下

業田良家・竹書房文庫(used)
「ヨシイエ童話」の1つで、去年読んだ「世直し源さん」もさうだつた。業田氏は「執念の刑事」といふのを読んだことがある。館林で一人暮らしをしてた頃だ。もう20年も前だなあ。あの頃よりもずゐぶん絵が、線が巧みになつてると思ふ。

2007-01-08

61.氾濫

伊藤整・新潮文庫(used)
今年最初に読み終へたこの本はAmazonで手に入れたもので送料別で500円。昭和39年版で頁もすつかり焼けてゐる、だけでなく文字がたまに抜けてたり判読し難かつたり、現代仮名遣ひの中に凡そ十数箇所「いふ」などの仮名遣ひが紛れてゐたり、「來」「眞」などの正字が幾つかあつたりと、なかなか古本らしくて面白かつたが、作者である伊藤整氏の作品はいまは殆ど書店に並んでゐないといふことをご存知だらうか。古本屋にも、ない。少なくとも「若い詩人の肖像」とか「火の鳥」とか「鳴海仙吉」、この「氾濫」(ベストセラーになつたこともある!)は置いてない。「女性のための十二章」とかいふのがあるくらゐ。ま、そんな事情はどうでもいい。兎に角、伊藤整氏は現在忘れられた小説家であるらしい。それを残念なことである、とは実は思はないのである。なのに、わざわざ探して340円の送料を払つて手に入れたか。──それは、若い頃、このブログを始めた頃に書いた、本を読み始めた10代の中頃に「若い詩人の肖像」(棚にある文庫を見ると1972年11月6日に読み始め同月16日に読み終へたと鉛筆で書いてある)を読み、感銘を受けた記憶。そして知識として、この「氾濫」は中年の、確か50代の男女の絡みや性的なものも含めた恋愛を扱つた小説だと知つてゐたこと。更にこれを第1作とした三部作と呼ばれるものの残りの2作「発掘」、「変容」が入つた伊藤整全集の1巻を高校時代からの友人田中氏から貰つてゐて、次になに読むかなあ、と本棚を眺めてゐた時に手に取り、たまたまパラパラと捲つて、ちよつと面白さうだ、と感じたこと。これらがどういふ風に作用した知らないが、Amazonでパトリシア・ハイスミスの作品を検索してる時に伊藤整の「氾濫」が頭に浮かんだのだ、たぶん。でもまあ、迷つたね。高いもの。500円。当時の定価が裏にあつて、180円だから。ほんだらけとBookOffを回つたけど、ない。さうなると急にほしくなるんだ。中町信の時もさうだつたし、パトリシア・ハイスミスもさう。で手に入れて、といふ長い経緯はここでお終ひにして、どんな小説なのか。海外でも名前を知られた学者であり企業の重役でもある人物を中心にその家族、妻と娘の身から出た錆的ゴタゴタ、対称的な人物で旧華族の友人の俗物ぶりや女漁り、大学の実情、学閥、飲み屋のホステスさん事情、若い功名心の強い大学助手などが描かれ、人生の一部に付き合はされるワケだ。長篇はみんなそんな風に人物たちと一緒に時を過ごすやうに読みたいもので、これはさう読めた。けれども、どうにも欲・欲・欲の世界であつて、主人公の痛みは自業自得だとしか映らず、また中年男女の閨房描写もなんだか薄汚く感じる。ラストで主人公は自分のネガみたいな若い助手に復讐されるやうな形で娘を奪はれる、嫁に出すのだが、この辺が急ぎ足気味で畳み込んでる気がしないでもなく、また振り返ると結末から組み立てられたやうにも思へる。

2006-12-31

60.太陽がいっぱい

パトリシア・ハイスミス/佐宗鈴夫訳・河出文庫
それほど厚くもないのに時間が掛かつてしまつた。探すのにも、読むのにも。「11の物語」を読み終へてから探したが、太田イオンの喜久屋で見付けた。これか「見知らぬ乗客」を読みたいと思つてゐたのだが、「見知らぬ乗客」は今のところどこにも置いてないやうだ。古本屋にもない。──ルネ・クレマンはこれを原作にして映画を撮つたワケだが、最後のシーンくらゐしか思ひ出せないから映画をもう一度見ないと比べようがない。少なくとも主人公トム・リプリーは、アラン・ドロンとは違ふ。なぜディッキーを殺すのか。フレディは殺さなければならないだらう。捕まりたくなければ。トムには金持ちの息子に対する羨望、それと友情よりも寧ろホモ・セクシュアルな気分といふか、さういふのがあるんぢやないか。友情だけで友だちのスーツを着たり靴を(!)履いたりはしない。いづれにしても氏の小説は普通の、と言ふのもをかしいが、これまで読んで来たミステリーとは違ふ。アガサ・クリスティもコナン・ドイルも読んだことがないのださうだ。短篇と初期の代表的な長篇を続けて読んだことになるが、氏の言ふやうに、短篇と長篇の違ひは時間の長さと空間の広がりだけかも知れない。オレは短篇のはうが好きだね。こつちも読み応へがあつたし、読み終へてやつぱり溜息が出たけど、「11の物語」のはうが面白かつた。──今年はこれでお終ひ。「フランドルへの道」が年越しになつてしまふが、仕方ないだらう。

2006-12-15

59.11の物語

パトリシア・ハイスミス/小倉多加志訳・早川文庫
ずつと興味があつた人で、なにしろヒッチコックの「見知らぬ乗客」やルネ・クレマンの「太陽がいっぱい」の原作者である。しかも、どこでさういふ話を読んだり聞いたりしたのかは覚えてないけど、映画よりもスゴイ、といふ風にインプットされてたから、なにがどうスゴイかはよく解らなかつたが、そんなにスゴイんぢやア是非原作を読みたいものだ、と思つてゐて、それが漸く「何読むかなあ」つていふ時に本屋の棚でふと見付ける、といふ具合にタイミングよく叶つたワケだ。……確かにスゴイなあ。溜息が出ちまふ。唸つてしまふ。きつと「太陽がいつぱい」の原作「リプリー」はものスゴイんだらう、と推測する。……が、これはハイスミス氏(女性の場合は嬢なのかね──と気になつて岩波の国語辞典で「氏」を調べたら、──岩波はさういふ点で便利なんだ、漢和辞典みたいにも使へるからね、──「日本で、人の氏名の下に添える敬称」だから間違ひではない)──の、デビュー作と解説に出てゐる「ヒロイン」を含む11の短篇集に就いて書くのだつた。サマセット・モームの「お菓子と麦酒」、ジョルジュ・シムノンの「仕立て屋の恋(原題は「イール氏の婚約」)」、グレアム・グリーンの「情事の終り」を読んだ時と同じくらゐ、こんなに密度の濃い、生身の人間を書く小説家がゐるのか、と圧倒された。ほかの人は長篇で、これは短篇集なので氏の長篇を是非とも読んでみたいものだと強く感じたが、序文でグリーンが「モビールに艦隊が入港したとき」を薦めてゐて確かにこれは素晴らしい。うーん、と言ふより悲しい。いや、一言では言へないね。いろんな思ひが絡みあつて唸つてしまふのだ。3つ続けて読むと疲れてしまふ。人生、と言ふか生きてる人間の厚み、深さみたいなものがズシーンと来るから。特徴的なのは、最後に読者は放り出されてしまふ、といふこと。オチがない。メデタシメデタシは、ない。少なくとも作者は「それからどうなつたか」のヒントさへ与へてくれないから、最後の一句を読んでから「どうなるのか」と考へてしまふのだ。1945年に書かれた「すつぽん」なんて今の新聞記事にあつても可笑しくないね。この少年と母親の心の動きの微妙さ、残酷さ。この本は後藤明生氏の「笑坂」と同じくらゐ読み終へたくない本でした。

2006-12-03

58.探偵ガリレオ

東野圭吾・文春文庫(used)
面白かつた。これは現代風のホームズかな。草薙がワトソンで湯川がホームズといふ役回りで、種明かしが物理。伏線はどこか、とか、トリックはなにか、なんて余計なことは考へないで付いて行くだけで充分楽しめる。全部で5篇。最後の「離脱(ぬけ)る」でお好み焼き屋のおばさんが赤いミニクーパーとBMWを間違ふといふのは、……。車に全く関心がなければそんなものかなあ。

2006-11-27

57.ある閉ざされた雪の山荘で

東野圭吾・講談社文庫(used)
なんとも気が塞いでゐたり、何か読みたいけど気持ちが続かない、といふ時にミステリーは大いに助かる。ちよつと前まで中町信氏の恩恵に預かつてゐたが、最近は東野圭吾氏だ。先づ文章が読み易いから、どんどん作品の中に入つて行ける。これも一日で読み終へてしまつた。限定された場所に集まつた人たちが次々に殺されて行くといふ、オーソドックスな、古典的な設定。引き合ひに出されるクリスティの「そして誰もいなくなつた」は読んでないし、映画にもなつたやうたが生憎見てゐない。犯人は半分くらゐ読んで指摘出来たけれども、動機や殺人の手口については解らず、最後に二転三転。込み入つた作りになつてゐる。大枠で叙述のトリックがある。それで「独白」があるわけだ。

2006-11-13

56.STILL A PUNK

ジョン・ライドン/竹林正子訳・ロッキング・オン
ずうつと首を長くして待つてゐた。(←いきなりこんなこと言つても解らないよね。実は2箇月くらゐ前に頼んだら再版中とかで期間が掛かつてしまつたのだが、Amazonには「在庫あり」だつたから、そつちに頼んだはうが早かつたかなあ、と後悔したけど、それが)漸く9日に届いて、以来暇があれば読み続けた。先づイギリスの労働者階級の家庭がどんなものか、正直知らなかつた。オレが子どもの頃より貧しいよ、たぶん。これでは階級制度への反発があるのは当然。その根の深さと言ふか、激しさは、日本のパンク、いやアメリカのバンドでも敵はない。マルコムとの確執とかアメリカ・ツアーの内情とか、そもそもセックス・ピストルズが出来上がつて行く過程とか、当時の音楽情報紙、レコードのライナー・ノーツ、或は新聞報道(そんなもんあつたか?)から得た噂や情報とは随分違ふなあ。ジョニー・ロットンのロットンなんて辞書で調べもしなかつたけど、「腐つた、腐敗した」つていふ意味なんだね、知らなかつた。それと奥さんつて15才も年上だつたんだ。なんか、さすがにジョン・ライドンだな。

2006-11-04

55.インディヴィジュアル・プロジェクション

阿部和重・新潮社(used)
カバーが気に入つてたので単行本でほしかつた、中身は二の次で。阿部和重氏は「アメリカの夜」を読んだことがあり、なかなか面白かつたし、これもハードバイルド風な書き方で読み易い。individual projection ねえ、どういふ意味だい?個々の、個人の投影?日本語になんねえな。意味はどうでも、途中からミステリーのつもりになつてしまつたから、日記体の使用は巧みだと思つたし、それで主人公は一体誰だ?的状況から大ドンデン返しが待つてるかと思ひきや、……ラストは、……最後は文学するんだね。中身より断然カバーがいいね。

2006-11-01

54.不連続殺人事件

坂口安吾・双葉文庫(used)
日本推理作家協会賞受賞作全集の中の1冊で、前に角川文庫だかで出てゐたのを持つてたけど、読まないうちに処分したか売つたかしたのだ。たぶん映画になつたと思ふ。カバーが映画のシーンだつたやうな、……記憶違ひかな。坂口安吾氏は「外套と青空」つていふのを読んだ覚えがあるが中身は覚えてない。どつちかと言ふと苦手だ。ただ推理小説は好きなんで偶然見付けて状態がよく安かつたので買つたのだが、これが存外にお荷物になつた。7月に買つたけど、いざ読み始めると鬱陶しくて頓挫してた。登場人物が多いのと、それがぜんぶ曲者だらけで、オマケに文章が読み難い。ああ、戦後つぽいなあ、と言つても具体的にどこがどうとは言へない。推理小説の面白さは感じなかつた。先づ疲れちまふんだよね、文章が頭に入らなくて。雑誌に連載して懸賞出したと出てるけど、トリックもアリバイ云々もどうでもいい感じ。ちよつとした試練でした。オレにはわからん、面白さが。