2009-12-14

けして悪く言ふつもりはない。面白かつたし、P395の最後には戸惑ひと驚き、さうか、さう来たか、は、ある。先づ、上手だよね。と、文章が上手いなあ、と思ふ。一つの文章を読み返すことも、まへのページへ戻ることもなく、どんどん読める。これはなかなか難しい。貫井徳郎「慟哭」創元推理文庫(236・used)を読んだ。ボロボロぢやないのを渋川のBookOffで手に入れたので。……しかし、P338〜339の犯人からの手紙はネックだらう。これを素直に、さういふ悪戯の手紙はいくらでも来るんだな、と受け取るか、いや、これはをかしいぞ、と見るか、これは賭けかも知れない。最後まで読んでから、ちよつと待てよ、と読み返したのは、この部分に無理があるやうな気がしたのだ。オレは正直、これはズルくね、と感じた。ま、書き手寄りに読めば、さう期待してるのだらうか。まへに読んだ「プリズム」でも感じたことを、これにも感じた。ここまで書くのなら、もつと汚れた、穢い部分まで書かないといけないんぢやないか、といふこと。スマートで行儀よく、見栄えもいい、お手本のやうです。上手く言へないのでhiko7 newsで書くかも。

2009-11-28

R・D・ウィングフィールド/芹澤恵訳「フロスト日和」創元推理文庫(235)を読み終へてしまつた。ああ、フロストが読みたい。読みたい読みたい読みたい。いま直ぐに。しかし、いまは手持ちの金が、……。P468、3行目「狭い路地の真ん真ん中に」。素晴らしい!!お手本ですよ。「ど真ん中に」ぢやない。嬉しいなあ。芹澤さんみたいに標準語で訳して下さいよ。コメントは短いけど、大満足だよ。

2009-11-21

ちよつと時期は早いが忠臣蔵だ。池宮彰一郎「四十七人の刺客」新潮文庫(234・used)を読む。忠臣蔵は知つてゐる。丸谷才一の「忠臣蔵とは何か」も読んではゐる。テレビや映画の忠臣蔵は見てゐるが、小説は読んだことがない。大佛次郎の「赤穂浪士」も。これは面白く読んだ。討ち入りの場面が細かく書かれてゐる。柳沢吉保、色部又四郎、千坂兵部、興味深い人物がたくさん出て来る。吉良と浅野の刃傷は不明のままだが、その後の討ち入りまでの流れはよく判る。侍、武士とは何か。p26内蔵助が風呂で奥田孫太夫に言ふ「人にはいのちより大切なものがある」ここで、ちよつと熱いものがこみ上げ、一気に最後まで読み通すことができた。これまで時代小説はあまり読んだことがない──精々、鬼平など池波正太郎作品、岡本綺堂どまりで、山田風太郎でさへ読めない──ので、なかなか入れなかつた。どこまでが史実なのか、史実を知つたうへで、どう作られてゐるのか、といふ愉しみがあれば、もつと面白いんだらうね。ぢやあ、次は隆慶一郎かな。漫画の「花の慶次」も息子が持つてるので密かに読んでゐるのだが、……。

2009-11-11

やはりメフィスト賞受賞の浅暮三文「ポケットは犯罪のために」講談社NOVELS(233・used)を読んだ。ポップな表紙イラストで、中身は一体どんなものか、と思はせる。意外に基本的なミステリ。そこそこ面白く読める。短篇集で、その並び方にひと捻りある。その意気込みは認める。作りに凝つてゐるのだらうが、なにぶん文章が普通。

2009-11-09

これは再読扱ひにするかどうか迷つたけど、以前にも「散歩する死者」と「天啓の殺意」は別にした経緯があるので同様に。中町信「高校野球殺人事件」徳間文庫(232・used)読了。9月にたぶん朝倉のBookOffで発見。早速購入。これを元にした改稿決定版が「空白の殺意」。トリックも犯人も判つたうへで読んだわけだが、3年もまへだし、殆ど忘れてゐたけれども、幾つか2作の違ひに気がついた。第五章で被害者が発見されるが、発見された場所が「高校野球殺人事件」では太田市、「空白の殺意」では館林市。高崎を舞台にしたものなので、道路事情で都合が悪くなつたか、発表当時(1980年)とは環境がかはつてしまつたか。「(発見された)林は太田市の南端を縦断している県道から二、三百メートルはいった場所にあり、舗装された道路ぞいに細長くつらなり、広大な面積を有していた」と書いてあるが、この太田市をそのまま館林市にかへただけなので不思議。どの辺りのことだらう、と推測するが、ちつとも特定出来ない。土地勘のある、近所の話なのに。はつきりとは覚えてなかつたが、エピローグのをはりかたが違ふ気がして、比べてみたら違つてゐた。行替へや文字の変更も多い。脚音→足音、おるす番→お留守番、「リーコちゃんもすごく大きくなった」→「リーコちゃんもすごくかわいくなった」など。中町作品の中では、これが一番おとなしいかもね。「模倣の殺意」が好みのタイプだと物足りないかも。どつちにしても、かういふ初稿、改稿、決定稿など版の違ふものがある作品は細かく比べてみたいなあ。面白さうだな。発見があるかもしれない。先づはこの2作の比較から始めるかな。

2009-11-05

講談社のメフィスト賞受賞者の名前で見たことがあつた蘇部健一の「動かぬ証拠」講談社NOVELS(231・used)を読む。買つたときは11の章に分かれた長篇だと思ひこんでたので、じつくり読むつもりでゐたら、短篇集だつた。だから11編ある。いろんな意味で面白いね。確信犯的な太々しさを感じる。最後に1枚のイラストで凡ての謎解き、といふ趣向はそれほど決まつてないけど。半下石(はんげいし)といふ刑事の名前には何か特別な意味があるのか。この刑事のキャラクターもいい。「六枚のとんかつ」をusedで探すかなあ。

2009-11-04

気になることを書いてゐるのであつて、けしてケチをつけてるつもりはないが、あら探しだと思ふ人もゐよう。津村秀介「山陰殺人事件」青樹社文庫(230・used)には困つた。浦上伸介の推理は中町信みたいにアクロバティックではないが、地味だけど読み手にも自然だ。中身は面白いんだ。それはまへの「刑事長」についても言へる。まあ、スラスラ読める面白さうなミステリを探して読んでるワケだから、多少のことは構はない。しかし、これはどうにも破綻してゐるやうに思へる。ネタバレするしかないんだけど、P216に「三人とも縊死だった。火をつけてから首をつったことになる」と書いてある。そのうちの一人は身代りで顔の損傷がひどかつた。その火事現場にゐあはせた接点のない3人の人物が1年後に続けて殺される。なぜか。実は火炎の中から現れた男Aをこの3人は目撃したからなのだ。Aは再び炎の中へ消え、やがて家は燃え落ちる、といふのだ(P254)が、縊死だつた、と書いてある。さうすると、燃え盛る家の中へ戻つたAは梁かどこかに紐状のものを掛けるか何かして自ら首を吊るといふ作業を行はなくてはならない。そのままだつて、死んでしまふでせうに。辻褄あはせになつてゐないか。ただの焼死だと困るのかな。他の2人はAの両親なんだけど、両親が縊死で、本人が焼死でもをかしくないでせう。両親を殺した男が耕耘機のガソリンを被つて自殺した、といふのも変ぢやないと思ふ。でも、その男が一旦外へ出て、また戻るといふ設定は、後で殺される3人に目撃させるためでしかない。しかも、2件の殺人事件の犯人と目され、最後に殺されることになる人物Bは、一年後にこの火事の事件を聞かれても覚えてゐないのだ。だけぢやなく、浦上の質問に、山陰には旅行したことがない、とまで答へてゐる。一年まへで、旅行中の火事で、その火事については地元新聞の取材に応じてゐるから、当然、警察の事情聴取もあつたでせう(書いてないけど)。忘れるかな。Bが真犯人Aの近くに現れたことで、かつての無理心中、火事を装つた殺人の発覚を怖れて殺人が起るのだが、Aは大金を持つてをり、更にどこかへ移り住めば問題ないでせう。資金があるんだから、どこまでも逃げればいい。そのはうが自然ぢやないか。わざわざ危ない橋を渡つて、アリバイを作つて飛行機と電車を乗り継いだりして、3人も殺す労力を考へれば。さうなると、この殺人事件は幻の殺人事件になつてしまふのだが。更に、Bの手書きの遺書めいたものをAが手に入れるのは不可能ではないですか?「太陽がいつぱい」みたいに筆跡を真似る?弱いなあ。
最後に、たまたまかも知れないけど、解説の文章が途中で次の行に移つてるところがある。びつくりする。

2009-11-01

読まないうちから、てつきり新本格派と呼ばれる人たち(綾辻行人、有栖川有栖とか)の一人だと思ひ込んでゐたので手を出さなかつた姉小路祐の「刑事長(デカチョウ)」講談社NOVELS(229・used)を読んだ。実は「社会派」〈本人弁〉。プロフィールによれば、法学部卒で弁護士のシリーズを書いてゐるさうだ。解説は森村誠一。なかなか面白く読めたけど、気になつたこと。いつもの些細なことなんだけど、最初に発見される被害者の死亡した日、発見した日が何日なのか書いてない。P40の捜査会議の報告で「死亡推定時刻は九月七日の午前二時半から三時半」と出てゐるが、死体発見日とは書いてないから判らないまま読むことになる。そんなことは判るでせう、予想がつくでせう、午前の死亡推定時刻で、第一章の冒頭が夕方なんだから、……ぢやあ、聞くけど、そんなことを書くスペースもないほど込み入つた小説なのかと言へば、そんなことはない。警察機構に対する批評的な意見がクドいほど書かれてゐて、判つたよ、そんなこと、と、つい呟いてしまふくらゐだし、その次に死んだ人物についてはP154下段左から6行目に「※死亡推定時刻は本日(十月二十日)の午前一時から二時。」と書いてある。「本日(十月二十日)」と。この「本日」の2文字を書かない理由はなんですか?見落としてるのかと思つて何度も始めのはうを読み返した、その手間と時間が惜しい。ミステリで日時や季節がきちんと書いてないものはホントにイライラするんだよね。いつの話なんだよ、これはッ!と。新しい警察署長が赴任した日も、何日と書かない理由はなんですか?プロローグP15「貴船署長が着任してからちょうど十日目のことだつた」。自分で計算しろつてのかい?警察の人事は全く知らないけど、これで行くとさあ、8月の28日か29日に人事異動があつたことになるんだけど、ずゐぶん中途半端な時期だねえ。1日付けとか、さういふ人事異動ぢやないのかね。それと第6章からの展開で、「山本」を追つてる、と言へば、岩切刑事もこれほど孤立しないんぢやないか。敢て喧嘩を売つてるやうに思へるんだけど。最後に森村誠一の解説のをはりのはう、「若い刑事・川喜田がつぶやく」その台詞はP240婦警の鳥居理香の台詞です。その台詞にある「勤勉実直」は四字熟語なのだらうか。謹厳実直といふ四字熟語は知つてるが「勤勉実直」は知らない。試しに広辞苑と岩波国語辞典で調べたが、「勤勉」に「実直」を続ける例はないが、「謹厳」には「──実直」の例が挙げられてゐる。

2009-10-29

ずゐぶんまへに、20代に集中的に読んだのが鮎川哲也、そして佐野洋、結城昌治だつた。佐野洋、結城昌治はハズレがない。鮎川哲也にハズレがあるといふ意味ではないが、本格ものに限らないところが違ふか。佐野洋の「幻の殺人」新潮文庫(228・used)を読む。5編の短篇が入つてゐるが、どれもその後長篇化されたものだと「あとがき」にも「解説」にもある。「光の肌」と「無効試合」は読んだやうな気がする。連続殺人、時刻表トリック、アリバイ崩し、密室トリック、ダイイング・メッセージなどに疲れたら読むといいかも。ミステリはそれだけぢやない。

2009-10-26

岡嶋二人の「ちょっと探偵してみませんか」講談社文庫(227・used)を読む。25の短いミステリ集で、読み手が推理して、南伸坊の証拠品のイラストが入り、作者の正解が出てゐるといふ形式。5分間ミステリだつたか、さういふクイズ、パズルに近いやうなものは本屋でもよく見かける。鮎川哲也にも「ヴィーナスの心臓」や「貨客船殺人事件」があるし、文春文庫にも16人の作家が書いた犯人あての推理短篇を集めた「ホシは誰だ?」といふのもある。岡嶋氏の作品はたぶんこのブログを始めてからでも「チョコレートゲーム」を読んだし、だいぶまへ、さうだなあ、岡嶋二人がコンビを解消した頃?する頃?何冊か続けて読んでゐるのだが、ハズレの少ない人で、この25篇のミステリも旨いものをちよつとづつ食べるやうな、そんな楽しい本だつた。

2009-10-20

矢鱈と評判が高い貫井徳郎を読んでみた。ちよつとまへまではデビュー作の「慟哭」が結構何冊もBookOffに105円で置いてあつたのに、探し始めたら見つからない。止むなく状態のよかつた「ブリズム」創元推理文庫(226・used)のはうを読んだ。一言で言へば、達者な人だ。4つの章に分かれ、それぞれ語り手がかはる。しかも、まへの章で怪しいと目された人物の目から見た事件といふ作りになつてゐる。アントニイ・バークリーの「毒入りチョコレート事件」(未読・創元推理文庫)を手本に更に工夫を凝らした、といふことのやうだ。些細なこと。P223でK氏は山浦先生にどうやつて電話をしたんだらう。デパートでお茶を飲んだ程度で、例へば携帯の番号の遣り取りなんかしないでせう。1週間後に一緒に食事はいいけど、学校には電話できない。クラスの名簿には担任の連絡先は出てるだらうが。そんなことは当り前なんで書かないのか。それと誰が真犯人であるにせよ、チョコレートに睡眠薬を入れる方法が判らないのだから、……オレだけが判らないのかな?文章の横に強調するやうに「ヽ」が打つてある文が幾つもある。ページ番号だけ順に挙げる。P85,103,133,134,138,142,150,210,269,278。なんでなのか。もう一度読む機会があつたら、考へてみよう。

2009-10-19

ジョナサン・キャロル/浅羽莢子訳「パニックの手」創元推理文庫(225)を読みをへたのは一昨日のことだ。11の短篇がはいつてゐる。最初の「フィドルヘッド氏」。ああ、かういふ小説を書く人なんだ、と。ファンタジーと言ふんだらうね、かういふ展開は。で、次の「おやおや町」。これは長くて読むのに時間が掛かつた。その次の「秋物コレクション」が一番好きだ。全部に言へること。書き出しの軽妙さ、言ひまはしにも工夫がある。比喩は凝つてゐるけど、嫌味な感じもなく、クドさも鬱陶しさも感じなかつた。短篇だけぢや判らないが、サキとか、ロアルト・ダールとか、似てるかも知れない。それよりもオレは村上春樹に似てると思つたんだけど、ハズレかな。それとヴォネガット、カーヴァー、或はブローティガン。訳文が読み難い、と言ふか意味が取れないところがあつた。控へなかつたので挙げない。「フィドルヘッド氏」の中にこんなところがある(P20)ポルシェのことが書いてあつて、「〈風呂桶〉って呼ばれてるやつ」と。あとの文章も含めて考へると、たぶん356スピードスターのことだらう。しかし、これは〈バスタブ〉と呼ぶことはあつても、わざわざ日本語にして〈風呂桶〉なんて呼んでないと思ふよ、一般的には。

2009-10-15

フロストを読んで、警察小説の面白さを知つたせゐもある。佐々木譲「笑う警官」ハルキ文庫(224・used)がいい状態でBookOff朝倉店にあつたから買つてみた。なかなか面白い。いや、かなり面白い。特にオレは諸橋警部補が死体発見現場のマンションから手懸りをみつけ、更に重要人物を特定していくところが堪らない。それと大詰めのところで駆け引きもテンポが早くてスリルがある。映画化され、続篇もあるやうなので、忘れなかつたら探さう。

2009-10-11

続けて津村秀介「時間の風蝕──こだま269号から消えた女」集英社文庫(223・used)を読んだ。解説が鮎川哲也だつたから。本の状態はあんまりよくなかつたけど、まあ、105円なら仕方ない。中身はまへに読んだのよりもずつと面白く読んだ。地味だけどね。殺人事件は解決したが、その動機になつた2億を超えるアノード板盗難の解明が足りないかもしれない。佐伯警部補の言ふ通り、それは確かに石川県警の事件だけど。

2009-10-09

中町信が医療関係の出版社に勤めていた頃、机を並べて仕事をしてゐたといふ津村秀介の「能登の密室──金沢発15字54分の死者」光文社文庫(222・used)を読んだ。まるで東海林さだおのエッセイばりの行替へで、あつといふまに読めた。密室殺人とアリバイ崩し。文章が池波正太郎とか、時代小説風なのだ。うまく説明できないけど。なかなか面白かつた。最後の写真トリックは要らないんぢやないの?重箱の隅を1つ。雅江がスカートでもスラックスでも大丈夫なくらゐ革のコートは裾が長いのかね。そこまでは気にしないか。初対面の人たちであり、僅かな時間だ。手に特徴があるのは作り過ぎてない?

2009-10-03

なんと言へばよいのか。柴田哲孝「TENGUてんぐ」祥伝社文庫(221・used)。26年前の群馬県沼田市の寒村で起きた連続殺人事件の謎を追ふ、といふ設定なのだが、読み進むと解るが主人公の道平(みちひら)慶一は殺されかけてゐるのだよ。26年間も放つて置くかな。先づ、この26年間の空白がなぜかについて納得できる説明がない。読み落してたらゴメンなさい。なので、これは70年代の国際情勢、アメリカの状況、そして2001年9.11テロといふジャーナリズムの話題性を繋ぐための年月でしかなく、物語が止むなく26年といふ空白を生んだワケではない、と受け取れる。アウトドアのグッズ名称、バーボンや日本酒の銘柄などで人物の個性のやうなものを描きたいのかもしれないが、煩く感じる。生身の人間に起つた殺人事件だといふ印象が薄い。荒唐無稽だとするには、現実に寄りかかり過ぎてゐる。瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」もさう、鈴木光司の「リング」その他もさう、これもさう、キングやクーンツ、トマス・ハリスなどの作品が翻訳され、消化不良になつてるんぢやないか。プルーストとか、ジョイスとか、アンチ・ロマンと似たやうなものかな。
ホントに些細なこと。P6、9行目「あすこしかない」。江戸弁かね。P102、8行目「杵柄慎一だった。真一は」。単純な誤植か。

2009-09-29

赤川次郎がクリスティの「そして誰もいなくなつた」の解説で名前を挙げてゐたP・D・ジェイムズ「女には向かない職業」小泉喜美子訳・ハヤカワ文庫(220)を読んだ。amazonのレビューでも評価が高いし、幾つかのミステリーのサイトでも褒めてるし、解説はもちろんだ。が、しかし、コーデリア・グレイといふ女探偵が一応は主人公だが、これは別の、例へばアダム・ダルグリッシュ警視シリーズの外伝、オマケのエピソードみたいなものではないか。描写が細かいのと言ひまはしに凝つてると言ふか、ハードボイルド的な読み易さはない。始めのはうで何箇所か意味が取れない記述があつた。例へば、P26の3行目「年配の人々というのは、どんなにひねくれた、あるいは衝撃的な意見でも受け入れるだけの能力を持っているように見えるのに、単純な真実を聞かされて気を悪くしてしまうのでは、包容力などはどうなっているのだろうとまたもや首をかしげた。」いま写しながら読んでも意味がよく解らない。尤も、この意味が解らなくても、ストーリーには関係ないのだが。それと漢字を敢へて平仮名表記にしてるのがあつて、逆に読み難い。題名は内容にぴつたりで、上手いと思ふ。話は面白いし、赤川氏の言ふやうに文学的かも知れない。でも、他の作品を読みたいとは思はなかつた。凝つた文章は意味が解り難いし、細かい描写は鬱陶しく感じるタチなのだ。さう、ケンブリッジの町並みなんか丁寧に描写されても、オレのイメージは文字を追ふ速度に着いて行けないのだ。
蛇足ながら、訳者は生島治郎のまへの奥さんで推理小説も書いてる人だ(確信がなかつたので、wikiで確認済)。

2009-09-20

なにごとにつけ、反対意見には耳を貸すようにしたいものだ。タバコはホントに有害なのか。それで以前「タバコ有害論に意義あり!」といふ本を読んだわけだが、今回は「スポーツは体にわるい」加藤邦彦・光文社カッパサイエンス(219・used)。ワイルドワンズの加瀬邦彦と一字違ひ!副題に「酸素毒とストレスの生物学」とあつて、まあ、要するに運動すると活性酸素が体内に多量に発生する──それにはビタミンC とE、βカロチンがいいさうだ──し、運動はストレスのもとである、といふことだ。成人病予防に運動療法なんてナンセンスだ、と。スポーツ選手は寿命が短いといふ例を出す。しかし、スポーツをするのと運動選手になるのとは同じぢやない。短いと言つたつて5〜6年の話だ。適度な運動といふ曖昧な、個体差のある話を寿命といふ基準で推し量るのが適当だと言へるのかどうか。目が覚めるほど新鮮な、コペルニクス的展開はなかつたが、一つだけ、人間の体内時計は25時間周期のリズムになつてゐる(P230)といふのは初耳だつた。かつての地球は自転にそれだけ時間が掛かつたからださうだ。

2009-09-16

R・D・ウィングフィールド/芹澤恵訳「クリスマスのフロスト」創元推理文庫(218)は抜群に面白かつた。帯にいろいろ書いてあつて、「英国ミステリの傑作フロスト・シリーズ」だとか、「このミステリーがすごい!」「週刊文春」ミステリーベスト10全作第1位」だとか、ゴタゴタ。かういふ風に書いてあるのは嫌ひなんだ。却つて敬遠してしまふんだなあ。これは性分だから仕方あるまい。もつと早く読みたかつた。フロストは全部読もうと決心したほどだ。P66でフロストが登場してからが特に面白い。なので、か、どうか、最初に出て来るパウエルの名前を忘れてゐた。辻褄なんかどうでもいいくらゐ、どつぷり話に浸かつて楽しんだ。正にフロスト気分、フロストになりたい気分だね。

2009-09-07

まへに読んだ赤川次郎の文庫(「ふたり」)のうしろのはうに、目録みたいに赤川次郎の作品が幾つか紹介されてゐて、そのなかにこの「真実の瞬間」新潮文庫(217・used)があつた。20年まへの殺人事件を告白し、その償ひをしようとする定年まぢかの会社重役とその家族。マスコミ批判はもつと痛烈でもよかつた。長女の智子とその夫に比べて、石元久子に救ひがない。読み易いのでどんどん読めてしまふが、なかなか重い内容である。

2009-09-03

出だしで躓き、あとまはしにしてしまふ本が結構ある。ロス・マクドナルドの「さむけ」小笠原豊樹訳・ハヤカワ文庫(216)もさうだつた。去年の暮れに買つたものだ。古い版のままなので文字が小さいのも理由の一つ。これに出て来る私立探偵リュウ・アーチャーはほかにも20作品に登場するさうだ。もう一度ゆつくり読みたいと思ふ。実によくできてゐると思ふ。ちよつと解らないところ──「22」P270〜278までは本筋とどう関はるのか見当がつかない──があつたが、そんなことは些細なことだ。ほぼ満点の面白さ。

2009-08-29

きのふ朔立木「深層」光文社文庫(215・used)を読み終へた。四つの小説が入つてるので、ひとつひとつ行くか。「針」は小説ではなく、ルポとして書くべきだと思ふ。責任の所在を明確にしたうへで、それぞれの医師が裁かれるべきであつて、末端の現場の医師が全ての責任をかぶる結末は感傷的であり、承服できない。「スターバート・マーテル」7人の幼稚園児を殺した男の元妻の手紙の形だが、元夫に対して自分を十字架に架けられたキリストの脇に立つ聖母マリアに準えるのだが、それでは殺人を犯した元夫はキリストといふことになりませんか。まつたく受け入れられない。こんなことをもし、ホントの殺人者の元妻が言つたとしたら、オレは被害者の親でなくても断じて許さない。「鏡」この教師、地獄に堕ちろ。なぜおまへは温々と生きてゐるんだ。「ディアローグ」それらしい話に過ぎない。類型的でさへある。誰も傷ついてはゐない。涙を誘ふ感傷的な言ひまはしはある──実際に涙を零しもしたが、感動には繋がらない。なぜなら、この浅さ、薄つぺらさは頭の中で人間や人生を考へてゐるからだらう。かうした小説の執筆は、恐らく勉強ができて、成績がよくて、それで法曹界に身を置く著者の余技に留めて頂きたいものだ。蛇足ながら、解説の長田渚左といふ人へ。ノンフィクション作家ださうですが、これらの小説に対して「通俗をひっくり返す美学」と言つてるけど、まつたく意味が解らないよ。通俗をなににひつくり返すといふことなのですか。またこれらの小説が著者の「死亡推定時刻」よりも「文学性も高いように思う」といふ失言、いや発言がありますが、そこに優劣があるのかどうか、またその根拠はどんなところか言はないと、なにも言つてないのと同じでせう。

2009-08-24

アガサ・クリスティ/長沼弘毅訳「オリエント急行の殺人」創元推理文庫(214)を読んだ。トリックは知つてゐたので読み難かつた。たぶん映画──ビデオを借りて見てゐると思ふ。ショーン・コネリーが出てなかつたかな。発想は素晴らしいですよ。「そして誰も……」も、さう。さらに「アクロイド殺し」も。しかし、古い。赤川次郎が「そして誰も……」の解説で触れてたけど、誰でも携帯電話を持つてる現在の生活では、起らない犯罪だね。訳も古くて(「訳者あとがき」が1959年9月)、P278の5行目「その前にまず、のんべんだらりと小田原評定と来る」なんて台詞をポワロの友人で国際寝台車会社の重役といふ設定のブーク氏が発言するんだ。「小田原評定」?──「いつまでたってもきまらない相談▷北条氏が豊臣秀吉に攻められた時、小田原城で、戦うか降伏するかの相談がなかなかきまらなかったことから。」(岩波国語辞典第三版)──ほかの言ひ方はなかつたのかね。日本人ぢやないんだから。まるで時代劇だぜ。1934(昭和9)年に出た本だからねえ。当時は気が効いてゐて、逆に斬新だつたのかね。

2009-08-22

こないだ、──でも、さう、お盆まへだ、休みの日に太田のBookman's Academyで見つけた新潮選書の──しかし、後でアピタとか文真堂とかで探さうとしても題名がはつきり思ひ出せなくて困つた──網野善彦の本がどうしても読みたくて、一度は太田イオンの贔屓の喜久屋書店で──さすが置いてあつた!──見つけたのだが、ちよつと表紙が汚れてたので店員に他には在庫がないか聞いたら注文することになる、といふ返事だつたから、いつかまた太田のBookman's Academyに行く機会があつたら買はうと思つてゐた「歴史を考えるヒント」(213)を17日に手に入れ、けふ読み終へた。まだまだたくさん知りたいことがあり、それには当然たくさん勉強しなくてはならないことがあり、そのためには、かうした本が必要なのだよ。興味を持てる本。ふむふむ、面白さうぢやないか、と思へる本が、さ。日本が「日本」と名乗つたのはいつからか。網野善彦なら当然触れなくてはならない、触れるであらう「百姓」とは誰か。いまと全く違ふ言葉の意味や使ひかたには驚くし、さうした言葉の理解のうへにたつて歴史の読み解きがある、といふ意見は寧ろ、その入り口でもいいから義務教育のうちに知つてゐたら、歴史に興味を持つ子どもはきつと増えるに違ひない。歴史に限らず、数学も物理も、美術も音楽も、オレが苦手だつた体育でさへも、興味を持てなくなるのは教へかたに問題があるんだ、と、つくづくさう思ふ。教師個人の場合もあるだらうし、学校全体、教育委員会、教育指導要領、文部科学省が、実はなんにもわかつてない、と言ふか、子どもだつたことを忘れちまふタイプの大人なんだらうな。

2009-08-16

「てとろどときしん」(これは短篇集)を読んでから、直ぐにクロマメ・コンビの「二度のお別れ」、「雨に殺せば」(この二つは長篇)と続けて手に入れて読んだ黒川博行の同じシリーズ「八号古墳に消えて」創元推理文庫(212・used)読了。面白いなあ。最近はハードボイルドつぽいのが多いみたいだけど、クロマメ・コンビの謎解きシリーズが好きだ。丁寧に書かれてゐるので安心して読めるし、このコンビのやりとりの面白さは、ついもつと読みたくなる。お薦め品だ。

2009-08-10

その赤川次郎が解説を書いてゐて、こんな小説を書きたいといふ目標だと言つてるアガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」清水俊二訳・ハヤカワ文庫(211)を読んだ。ミステリ好きの癖にまだ読んだことがなつたのか、と言はれるかも知れないほど、有名な、題名くらゐは聞いたことがある作品──なので、敬遠してゐた面もあるが、一気に読ませる。インディアン島に集められた人々が、10人のインディアンの童謡に合せて、次々に殺されて最後には誰もゐなくなるといふ、題名通りの、説明するまでもない内容だ。謎解きとトリックの説明がエピローグのあとに付された「漁船エマ・ジェーン号の船長からロンドン警視庁に送られた告白書」の形で書かれてゐるのは、構成のうへでやむを得ないにしても、ヴェラ・クレイソーンの死に方、そして真犯人の動機が10人も殺しつづけるには無理がないか。
蛇足ながら、このハヤカワ文庫は普通の文庫より少し縦が長いので、しまふのに困る。なんでこのサイズにしたのかな。買ふとき躊躇つたんだけど、創元のはうには訳がなかつたので、仕方なくこつちにした。

2009-08-05

いやあ、素晴らしい。実にいい話だ。娘の誕生日のプレゼントの一つだつたのを、読み終はつたら貸してくれ、と頼んで置いたのだ。ネットで小学校高学年の女の子にお薦めの本を検索した中にあつた。──赤川次郎「ふたり」新潮文庫(210)。小学生にはちよつと微妙に解らないところもあるだらうが、殆ど無理なく入つて行ける。このトシでも目頭が熱くなる場面が何度もあつて、それは寧ろこのトシになつたからかな、とも思つたりもした。どうせ金がなくて何も買へないだらうから、と気をまはし、上の子からのプレゼントにした積りが、あいつはあいつで紙の筒に何十本も入つた色鉛筆とスケッチブックをセットで用意してゐたから、それならそれで予め言つといてくんないと、こつちの立場がないだらうが、……。これ、大林宣彦が映画にしてるんだ、つて。知らなかつた。見たいな。

2009-07-15

一昨日、矢作俊彦「スズキさんの休息と遍歴 またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行」新潮文庫(209・used)を読み終へた。イラストは矢作氏本人。達者です。

2009-07-03

「眞相箱」といふのがあつたさうで、櫻井よしこの「GHQ作成の情報捜査書『眞相箱』の呪縛を解く」といふのを読んでゐる。わたしたちがさう教はつた、いや、誰かからさう教へられたと信じ込まされた事柄について、真珠湾攻撃、東条英機が一番悪い、原爆は戦争終結のために落された、などなど、実はGHQの情報操作だつたといふ実例が次から次へと暴かれる。5分の2くらゐ読んだところだ。それと矢作俊彦の「スズキさんの休息と遍歴」が3分の1くらゐ。この2作はちつとも捗らなくて、「静かなるドン」とか「教科書にない」とか「日本一の男の魂」とかコミックばかり読んでる始末だ。

2009-06-18

「Monster」については、ヨハンとアンナは5歳くらゐでヴォルフ将軍に助けられ、ヨハンは511キンダーハイムに、アンナは別の施設で過ごし、リーベルト夫妻が引き取る1985年まで過ごした、といふことで納得しよう。キリがないから。絵はうまいと思ふし、設定は面白いのだが、まへにも書いたかも知れないが、顔の描写、書き方がいま一つ好きになれない。
それにしても、エヴァはこの物語の中で唯一人間らしい人物だね。気持ち悪い顔になつてるときもあるけど。

2009-06-17

「その後でいろいろあつて2人とも失踪する」のは双子のことで、Dr.テンマは含まない。テンマの年齢もはつきりしないが、1996〜97年に20年近くまへに大学生だつたといふ話(Dr.ギーレンの回想5巻P17)が出るので、1976年頃に20代前半だつたことになる。双子が三匹のカエルの家から出て、──それはバラの屋敷で46人が死ぬ事件の直ぐあとなので、これが1981年頃だ(ヴォルフ将軍が死の床で14巻P130)といふから、1986にリーベルト夫妻の養子になるまでの時系列的な流れと年齢がよく解らない、とまへに書いたが、序でに気づいた点を挙げると、シューバルトの実の息子だと解つたカールは7巻P38〜41で里親と養子縁組?の約束をしてるのに、シューバルトの息子として生活してるが、どうなつてるのか。見落としてるのか、読み落してるのか。さういふことは何度かあつて、例へば、カールの母親もヨハンが殺したの?──カールの母親と一緒に暮らしてたらしいから、さう思ひ込んでゐたが、18巻P226でヨハンとアンナの母親が登場するから違つてた、とか。Dr.テンマが逮捕され(12巻P160)、テンマを助けようとする患者たちの話があつて、同じく12巻P192でジャン・ギャバンに似た顔のDr.シューマンが出て来るのだが、今回の再読で、この挿話がどこだつたか(3巻P131第6章)、この巻=12巻を読んでゐたときには思ひ出せなかつたくらゐたがら、あれこれ言つてることも実は見落としに過ぎないのかも知れない。テンマが好きだといふサンドウィッチの種類がどこかに出てゐて、確かそれがディーターがニナに食べろと勧める場面だつたが、どこだつたか解らない、見つからないなんてこともザラだ。
ところで、グリマーの墓に1954-1998とあつて(18巻P214)、この物語の現在時は1998年だと解り、凡そ3年間のドラマなのだな、と了解するのだが、グリマーは30年まへに14歳、511キンダーハイムに入つたのは7,8歳で1963年だつたと自分の口から言つてる(11巻P152)ことで、微妙に人間関係が覚束なくなるのだ。18巻P117で、ヴィム少年がソファーに寝かされたグリマーの傍らで、本人から聞いた話としてアドルフ・ラインハルトといふ友だちの名前を出す。そのベージの前後でルンゲ警部と争ふロベルトの口から、施設(511キンダーハイム──1985年に施設は焼失)を出た自分のまへにヨハンが現れて、彼は自分があたたかいココアが大好きだつたことを思ひ出させてくれたと語るだが、カレル・ランケ大佐とグリマー、Dr.テンマの三人での話(11巻P152)から、実はロベルトがアドルフ・ラインハルトであり、カレル・ランケ大佐の甥=妹の子どもであらうと推察出来るる。するとロベルトとグリマーはお互ひに記憶があるかどうかは別にしてもほぼ同時期に511キンダーハイムにゐたのではないか。ヨハンはどうやつて、グリマーがやつと思ひ出したやうな、そして本人もそのときに漸く思ひ出したやうなココア好きの嗜好を知り得たのか。偶然か。ヨハンとロベルトは20歳近く年が離れてゐる。いつヨハンが現れのか不明だが。──それよりも、3巻でテンマが出会ふディーターといふ少年を引き取つて育ててゐたハルトマンの家でディーターは511キンダーハイムにゐた子どもたちの写真を見たことがあると言つてる場面があつたのだが、何巻だつたかいまは思ひ出せないが、もしさうなら、グリマーもロベルトもヨハンもディーターは解るのではないか。

2009-06-15

全巻セットで売つてしまふつもりでゐた浦沢直樹の「Monster」(全18巻)をホームズの後で4日くらゐ掛けて一気に読み返した。まだ売らないで手元に置かう。幾つか気になることが出て来て、──それだけ雑に、いい加減に読んでゐるのだらう。やつぱり全体としてスッキリしない。時間の流れが特に呑み込めない。1986年にドイツのデュッセルドルフにある病院でヨハンとアンナ(双子)はDr.テンマに会ふ。それが物語の始まり。が、その後でいろいろあつて2人とも失踪する。そのとき10歳といふことになつてる。といふことは1976年生まれだ。1985年に511キンダーハイムといふ孤児院が焼失。そこにゐたヨハンと、別の地区の孤児院にゐたアンナ=ニナはリーベルト夫妻に引き取られるのだが、後の巻で、この双子の兄妹が1981年に生まれたといふ話が出てくる。それだと5年ズレちやふ。三匹のカエルの看板のある家が火事になつて、そこから2人は逃げて彷徨ひ、そこを救はれ、その後でヨハンは511キンダーハイムに行くのかい?カエルの家の火事がいつなのか、特定出来ない。
9年後の1995年にデュッセルドルフでヨハンとDr.テンマは再会する。その辺りは解る。その先は辿れるのだが、10歳になるまでのことがよく解らない。他にもある。それは明日以降に持ち越し。眠い。

2009-06-10

やつと「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」コナン・ドイル/延原謙訳・新潮文庫(208)を読み終へた。ホントにどこが面白いんだらう。あと短篇集を2冊残すのみ。年内達成を目標に。

2009-05-29

「目白雑録3」朝日新聞社(207)読了。団塊の世代と呼ばれる人たちがビートルズ世代だつたと勘違ひしてゐると、寧ろ団塊の世代にとつてビートルズはそれ以前のアメリカン・ポップスの甘美なメロディをぶち壊した奴らだつた筈だ、と正しい記憶で言つてるのは亀和田武だけだと書いてあつたのはどこだらう、と探したがそれは「2」のはう(P184)だつた。
「3」には芥川の「歯車」の話があつて(P180)、それは飛蚊症ではないかと言ふが、それはオレにも思ひあたる。過労(滅多にないが)や寝不足(これも殆どない)が続いた20代半ばの頃に奥眼窩神経痛と診断されたことがあるが、そのとき、見てゐるものの一部が水で滲んだやうに見え、それが輪のやうになつてゐたりもして、芥川の言ふ歯車ツて、これぢやないか、と思つたものだが、どうやら飛蚊症らしいや。いまでもほんとにたまに、水で滲んだやうに見えることがある。さういふときは自覚がないだけで大抵疲れがたまつてゐるときだ。オレもいづれ網膜剥離になるんだらうか。
つづけて金井美恵子の「目白雑録3」を読んでゐて、あと50頁くらゐのところで気が乗らなくなつたのは、癖のある人の書いたものだから、気楽にほいほい読めない。読み易いんだけど。網膜剥離で手術したなんて知らなかつたなあ。尤も、マスコミから騒がれるタイプの人ではないし、な。村上龍とか、けさの新聞広告で「7年ぶりの大長編小説」を出した同姓春樹──またベストセラーになつて印税ガッポリ稼ぐんだらうなあ、まへに読んだ「寝ながら学べる構造主義」の内田樹は村上春樹が好きみたいだね、どうでもいいけど──とかなら違ふけど。
なので、鯨統一郎の「邪馬台国はどこですか?」を引ツ張り出して、「聖徳太子はだれですか?」「謀叛の動機はなんですか?」を拾ひ読みしてる。なんでか、と言ふと、聖徳太子は実在しなくて、あの、教科書の絵もウソで、……といふのを思ひだし、どこにそれが書いてあつたか、鯨統一郎だつたよなあ、とたどり着いたワケだ。面白いけど、やつぱりこれはミステリーぢやないでせう。小説としてもスカスカで、骨組みだけで書かれてる。人物もほぼ同一人物。映画もB級扱ひされるのに惹かれるはうだから、ガチガチの判官贔屓なんで、それはそれでいいんだけど、小説としては歯応へがない。「維新が起きたのはなぜですか?」まで読むか。

2009-05-22

こないだ大泉町立図書館から借りて来た金井美恵子「目白雑録2」朝日新聞社(206)を読み終へる。サッカーの話題が多いのに付いて行けない。スカパーで見てる、ツていふんぢや、かなはない。「灰かぶりキャベツ、その他」の群馬弁で笑つた。

2009-05-21

ブラウン神父の話をちよつと。「ブラウン神父の童心」が最初の短篇集で、第1話が「青い十字架」。その冒頭のところで躓いた。(恐らくロンドン)港に着いた船を降りた大勢の乗客の場面で、かう書いてある──「この人ごみのなかにまじっていると、すこしも目だたなかった」。なのにその直ぐ後で「目だたな」い人物の服装が「晴れ着のようにはでな服装」。はてな?と思ふでせう、これには。それから更にかう説明する──「うすねずみ色のほっそりした短い上着、白いチョッキ、それに地味な黄色のリボンがついた銀色の麦わら帽子」だよ。目立つでせう、こんな恰好してたら。ジョークなのかね。

2009-05-19

なんだ、かんだと不平を言ひつつ「名探偵コナン」を10巻まで読んでしまつた。新田たつおの「静かなるドン」も12巻まで、「ギャラリーフェイク」も9巻まで読み進んでしまつた。なのに一昨日図書館から金井美恵子の「目白雑録2」と「目白雑録3」を借りてしまひ、滅茶苦茶だなあ、頭の中が。

2009-05-18

それからなにを読まうか物色してたら、さうだ、ホームズの短篇集があと3冊残つてるから、取り敢へずいまのところはそれでも読んでホームズを片付けちまふことにしたのだが、なにせ30年くらゐまへに、ホームズの文庫ぜーんぶ下さいな、つてんで買つたものだから──ほかに007とブラウン神父シリーズが揃つてゐて、007は2冊読んだのかな、いまひとつ乗り切れなくて、ブラウン神父は最初の1篇で躓いて、理由は後日──兎に角フォントのサイズが小さいし、焼けて紙が黄ばんでたり、文字のインクが消えさうだつたり、更にこれらの文庫はぜーんぶ延原謙訳なんだけど、これがさあ、言つちやあ悪いが、チョンマゲの時代劇かよ、みたいな言ひまはしがあるんだ、時々、なので、ホームズものつて一体どこが面白いんだろ、と思つてるんだけど、ここまで読んだんだから修業のつもりで最後まで、……で、最初の「四つの署名」から数へると、もう5年以上掛かつてるんぢやないかな。書かれた順に読んで来たから、ご丁寧にも。
──で、この「ホームズ最後の事件」、ちつともワクワクするところがない。でももう少しだ。

2009-05-04

かうして矢作俊彦「ららら科學の子」文春文庫(205)読了。なんて中途半端な話なんだらう。なのに、なんて充実してるんだらう。人生の途中をそのまま切り取つてみせたら、こんな風になるしかないだらう。一度も姿を表さない志垣にしても、一体なにを生業としてゐるのかよくわからんし、妹とも電話で話したきりだし、女子高生はそもそもどう関はつてるのか、奥さんはなぜ家を出たのか、さまざまな事柄が説明不足で納得できないまま、最後まで読んでしまふのだ。つまり、これは小説だ。虚構なのだ。スカスカの、辛うじて形を保つてゐる狭くて薄暗い舞台装置の中で、顔のない人物たちがそれぞれの役割の名前をぶら下げて動いてゐる芝居のやうなもの、或は作中でも触れられるクーブックの映画「博士の異常な愛情」さながら、一人の役者が複数の役をこなしてゐるやうなものなのだ。なのに、面白い。

2009-04-30

実は矢作俊彦の三島賞受賞作品(なんてことは中身とは一切関係ないけれども)「ららら科學の子」を面白く読み始めてゐたのが180頁くらゐで話がなかなか展開して行かないので2日3日積んどいてるあひだに、Amazonで買つた鈴木孝夫「言葉のちから」文春文庫(204)を読みをへた。ざつと言へば、いま日本は世界のトップ3(アメリカ、EU、日本)の中にゐるのに、歴史的にこれまで他国に追ひつけ追ひ越せでやつて来た(始めは中国、明治からは独仏英、敗戦後はアメリカ)体質がかはらないから、国内外でいろんな問題が起つてゐるのだ、と。アメリカから学ぶための英語なんて方法は国際社会での日本の立場を考へたら、時代錯誤であり、アメリカにはもう学ぶものは何もない、いまは寧ろ日本の良さ、日本的パラダイムを海外へ向けて発信する手段としての英語教育が必要だ、といふやうな話。ほぼその繰り返しで、講演を元にしてゐるから読み易いのはいいが、繰り返しが多いのが堪らん。

2009-04-15

残り40頁、No.56からは一気に読んでしまつた。トマス・ハリス/菊池光訳「羊たちの沈黙」新潮文庫(203・used)。犯人探しが中心ではないから、前作「レッド・ドラゴン」同様に物語の中程で犯人は登場する。そこから追ふ側の主人公たちとの距離がどうちぢまつて行くかで、どんどん盛り上がる。更に今回はレクターの逃亡といふ思つてもゐなかつた展開が入るし、その場面も臨場感がある。これを書くためにどれだけの資料を集め、読み込んだのだらう。そこから実際に人物が動き出すまで、やはり7年といふ年月が必要なのだらうか。クラリス・スターリングがジュディ・フォスターの顔と重なつてしまひ、閉口した。それとアンソニー・ホプキンズはオレの中ではレクター博士ではない。

2009-04-13

愈々、「羊たちの沈黙」が終盤に入つた。残り140頁。レクター博士が逃亡、キャザリンの命は助かるのか。一気に最後まで読みたいんだけど、読み終はりたくない。映画をレンタルで借りて見てゐるんだけど、覚えてないなあ。

2009-03-23

トマス・ハリス/小倉多加志訳「レッド・ドラゴン[決定版]」上下・ハヤカワ文庫(201.202・used)を読み終へた。期待をしすぎたのか下巻がそれほど面白くなかつた。事件は解決し、最後のドンデン返し──ちよつとは予想し期待もしてゐた意外な展開──はあるのだが、読んでゐていまひとつ盛り上がらなかつた。その最大の原因は、ジャコビ家とリーズ家の家族たちがどんな風に殺害され、その魅力的な主婦たちがどんな陵辱を受けたのかといふ曖昧な部分が放置されてしまふからだらう。確かにあまり具体的になるのは下品かも知れないね。時間を掛けて丁寧に書いたんだらうなあ、といふことは伝はる。そして恐らく実際には倍くらゐ書いたものを相当削つて、絞り込んでゐるのだらう。犯人の境遇についても、心理分析みたいな真似をしないところはいい。これは犯罪そのもののミステリよりも、推理し、捜査する側のミステリのはうが複雑だらう。ハンニバル・レクター博士といふ存在を受け入れ、ウィル・グレアムといふ人物の存在を疑はないことで成立してゐる。どんな小説もさうだ、と言へばさうなのかも知れない。が、これほど特異な人物が2人も登場するわけで、しかもこの設定は奇妙なのだよ、実は。過去に逮捕し、瀕死の重傷を負はされもした異常犯罪者に現在探してゐる連続殺人事件の犯人像を聞きに行くなんてことは現実にはしないだらう。読んでるあひだは、ちつとも不自然には感じないんだけど。レクターに聞きに行かなくても、グレアムは犯人を特定できたのではないだらうか。普通のミステリとしては、それで充分。

2009-03-16

トマス・ハリスのハンニバル・レクターのシリーズをなんとなく全部読んでみようといふ気持ちになつて(恐らくただの蒐集癖なんだらうが)、「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」「ハンニバル・ライジング」と揃へたのは去年の11月から12月にかけてで、もちろんBookOffで105円のものを探したのだが、本を読む気になれなかつたりしてたのでいまごろになつてしまつたが、きのふ漸く「レッド・ドラゴン」の上巻を読み終へた。バンザーイ!! なんて面白いんだ。途中でやめられなかつたぜ。早く下巻を読まなくちや、こんなこと書いて場合ぢやない。

2009-03-14

ざつと読み返し、納得できないところがどうやらわかつた。警察が捜査を始めてゐながら、関係者の捜査、アリバイ捜査が緩過ぎるのだ。どんな視点で書かれてゐても、警察は捜査してるわけだから。ほぼ一箇月のあひだに5人も殺される。しかも、毎日のやうに殺人が起るのではないのだ。警察はなにをやつてんだ、と言はれちやふね、間違ひなく。さういふ現実感が足りない。
コナンを見たあとだつたか、娘が結構推理ものが好きなので、ときどき小学生でも読めさうな、エッチな場面やグロテスクなところの少ないヤツを探してるのだが、こないだ中町信の「推理作家殺人事件」を読み返さうと思つたのは、そんな感じで見繕つてたときだけど、これにはちよつとエッチな場面がある。多門耕作シリーズほどではないけど。これはまるまるクリスティの「アクロイド殺し」(これは見事です、途中で気づく人が多いと思ふ)だつたけど、なーんか腑に落ちないと言ふか、すんなり騙された気にならないんだなあ。まへ読んだときもさうだつた。なんでだろ。中身は思ひ出したので、もう一度、その辺を読み直さうか。

2009-02-28

長嶺超輝「裁判官の爆笑お言葉集」幻冬舎新書(200・used)読了。爆笑するやうな発言はないのに、なんでこんな題名なんだろ。確かに一番最初に出て来る「死刑はやむを得ないが」「長く生きてもらいたい」といふ発言は、なに言つてんだ?と思ふけど。105円ぢやなかつたら買はなかつたらうが、まへに読んだ「裁判長、ここは懲役4年で……」よりはいいかな。

2009-02-22

一昨年の10月に亡くなつた打海文三の最後の小説「ドリーミング・オブ・ホーム&マザー」光文社(199・used)を読み終へた。「ロビンソンの家」を読んだばかりなので、人物の行動が一部交錯した。「時には懺悔を」から読み始め、テビュー作「灰姫」(絶版)と「裸者と裸者」「愚者と愚者」「覇者と覇者」の連作を除いて凡て読んだ。人物には幾つかのパターンがあるやうで、それを整理して分析するつもりはないが、例へば手塚治虫のヒゲオヤジみたいにあつちこつちに登場してゐる。背徳的でグロテスクで凶暴で甘美で幻想的でもある。音楽が「薄く」流れると書くのだ。低くでも小さくでもなく「薄く」と。

2009-02-17

打海文三「ロビンソンの家」中公文庫(198)を読み終へた。これは一気に2日くらゐですらすら読んでしまつた。要約すると面白さが零れてしまふ気がする。ラスト近くに従姉にまつはる出来事が主人公に伝へられ、香港へ向かう飛行機の中で終る。尻切れトンボで冒頭の整合性に欠けることはどうでもいいんだけど、映画で見てるなら受け入れてしまふだらう。なぜなら映画の時間は逆戻りできない。再び冒頭へ戻ることはない。記憶の中では戻れるし、昔の映画館だつたら、次の上映時間まで中にゐて頭から見ることもできたが、いまは一回の上映しか見られないから。しかし、本は違ふ。小説はもう一度頭に戻れるし、途中からでも最初に戻れる。先回りもできる(詰まらなくなるだけだから誰もやらない)。つまり、本を読む時間は戻れるといふこと。映画つていふのは見終はるまで戻らないし、戻れない。さういふ意味で打海文三は映画的だと感じるワケだ。この中にも映画への言及があるし、映画に深くかかはつた人らしく、殆どの作品が映画的なものを感じさせる。キングやクーンツが映画的だといふのとは違ふんだけど、序でにちよつと言ふと、ずこく具体的なところ。キングもクーンツも人物には必ず名前があり、服装や髪型、顔立ちなどについて実に細かい記述がある。例へば人物の顔がアップになれば、見る側にはその顔がみえてるわけだし、部屋なら部屋にあるインテリアについてカメラのやうに記述される。それが映画的だといふことで、これは映像的と言つたはうがいいかもしれない。構造にも映画的な印象があるけど、いまは説明できない。

2009-02-16

岩波新書のシリーズ日本近現代史①「幕末・維新」井上勝生(197)読了。学校の勉強をもう少しきちんとやつとけば、もつとすんなり頭に入つたのだらうね。いづれにしても、直感的に感じてた明治維新の立役者と呼ばれる人たちの俗物ぶり、野蛮ぶり、田舎者ぶりはほぼ当たり。朝廷の如何にも温室育ちの我が儘ぶり、取り巻きの公家の何様ぶりは知らなかつた。やはり幕府の役人たちは立派だつたのだよ。江戸時代のマイナスイメージは凡て明治維新以降に都合良く作られた幻想なのだ。いまも皇室の行事でなんとかの儀が執り行はれ、なんていふ記事が新聞に出るけれども、あれは何百年、何千年と続いた伝統的な由緒ある皇室行事ではなくて、その殆どが維新以降に作られた物だといふし。

2009-02-13

スティーヴン・キング「ドランのキャデラック」小尾芙佐他訳・文春文庫(196・used)を漸く読み終へた。面白い。人気があるのも当然だらう。クーンツもさうだが、ずゐぶん書き込むんだなあ、と思つた。日本だつたら、学校の作文同様に、もつと簡潔に書け、と言はれるだらう。趣向がそれぞれ違つてゐて楽しめた。さて、次は何から片付けよう。

2009-02-08

どうにもかうにも本が読めない、読み続けられない日々が続いてをり、読みかけが何冊か机に積んだままになつてゐるのだが、太田のイオンに行つたときに買つた、内田樹の「知に働けば蔵が建つ」文春文庫(195)を漸く読み終へた。内田樹の本は以前読んだことがある。「寝ながら学べる構造主義」といふ本だ。だから名前は覚えてゐて、立ち読みしたら面白さうだつた。もともとブログの記事だと書いてあるが、ブログの記事つて、書き捨てなんだよね。顔が見えない、顔のない文章とでも言へばいいのか。独り言みたいな感じで、自分でもやつてるから解るんだけど、ペラペラ喋るみたいに、あんまりじつくり考へないで打つてる。やつぱりそんな感じ。だから読めたとも言へる。中身についてはあんまり触れる気がしない。気が向いたら後で書かう。変換で苛立つので長く打ちたくないのだよ。……ところで、途中になつてるスティーブン・キングの短篇集「ドランのキャデラック」があと半分のところまで来た。初めて読むキングなんだけど、この展開の仕方はクーンツにも言へるかも知れないが、映画的だ。もつと上手い説明が思ひ付かない。読み終はつたら考へよう。もう一冊、キングと一緒にいつもカバンに入れて持ち歩いてる岩波新書の「幕末・維新」のはうは滞つてる。頭に入らない。幕府の人物名、朝廷側の公家の人名などが摑みきれない。実は同じところまで読んで一度滞り、また最初から読み始めたといふのに、この始末。どうする?もう一度始めから行くか。……といふ状態だといふのに、けふも小林賴子の「フェルメール──謎めいた生涯と全作品」角川文庫を見つけて買つて来てしまつた。一体どうするつもりなんだか。更に言へば、ヘンリ・ミラーの「マルーシの巨像」もクロード・シモンの「フランドルへの道」も、リサ・ランドールの「ワープする宇宙」もオーウェルの「1984年」も途中だといふのに。しかし、小林賴子は日本でのフェルメール研究の第一人者だといふぢやないか。フェルメールとなれば、つい手が出てしまふよなあ。

2009-01-27

年が明けてから、まだ一冊も読み終へてゐないと思つてゐたけど、さう、森恒二の「ホーリーランド」全18巻・白泉社(177〜194)を読み終へてゐたのだつた。あれはハガレン21を読んでからだから12〜15日のあひだで、そもそもの読み始めは息子が読んでゐたのを借りたので、面白さうだなと思つたのは主人公の孤立感、居場所のなさ、といふ立ち位置が身近に感じた──息子も恐らく投影してゐたのだらう──からだ。館林のBookOffで最新刊の手前まで纏めて買つて読み進めたけれども、キングつていふ薬物に手を出す怪しいヤツが出て来たり、伊沢の過去とか遡つたりして──最初ら最後まで手元にあつて一気に読んでるワケぢやないから、ハガレンもさうだけど遡るとどうも話の前後が混乱し──長引きさうだつたので、新しいのが出ると息子が買つたのを借りて読んでゐたら、意外にも予告で18巻で完結するつていふので買つたのだが、オレの印象では神代がヤンキー狩りとして土屋とか伊沢とかショウゴたちとの戦ふために鍛え、傷つけ、傷つき、立ち上がる前半が好きだ。

2009-01-12

アルフォンスが二つの場所にゐる、つていふ話の続き。「ハガレン19」のP93。キンブリーが怪しまないか、と聞くウィンリィにアルは「大丈夫、兄さんがなんとかしてくれるから」と答へ、次の場面。エドの隣に鎧のアルが腰掛けてゐる。次頁4コマ目、マイルズが「行くぞ」と声を掛け、「アイサー」とアルが答へてしまつたのを次のコマ、エドに返事の仕方を窘められて次、中にブリッグズの兵士がゐる。で、次頁の始め2コマに出て来て、それ以降は現れずに、中に入つててゐた兵士の姿でP98の1コマ目に出て来て、その後ろにアルの鎧が描いてある。意味は解る。ただここまで整合性にこだはるなら、アルの鎧を錬成する場面があつてもよかつたかな、と。見落としたかな。だつたら、謝る。

2009-01-08

たぶん暮れだつたと思ふが、「鋼の錬金術師21」と「ホーリーランド18」(最終巻)が出てたので買ひ、「ホーリーランド」は息子に先づ貸して「ハガレン21」のはうから読んだのだが、忘れてるところが多くて、止むなく20、19と遡つて読み返してる。よくわからなかつたのがアルフォンスが別々の場所にゐて、どうやら片方は、といふのはエドと一緒に行動してるはうは他の人間が中に入つてる贋ものらしいと漸く呑み込んだのだが、その経緯がどこの場面で書かれてゐるのか探しても見つからないこと。それと「まだその日ではない」とホーエンハイムが言ふ、約束の日とやらが意外に近いらしい。それはつまり物語も終りが近いといふことか。ちよつと急いでゐる気がする。

2009-01-06

まだ酒井阿闍梨の本、なかなか片付ける気になれなくて、第一章「一日一生」の8篇をときどき読み返してゐる。いまはいろんな余計なことが頭にあつて、ヘンリ・ミラーに集中できないだらう。足踏みしてる。

2009-01-03

大晦日に「一日一生」は読みをはつた。しかし、どうも力を貰つた気がしない。読みおとしてる、読み違へてゐるところがあるんぢやないか。取り敢へず暫く手元に置いてパラパラと捲ることにしよう。さて次はヘンリ・ミラーの「マルーシの巨像」だ。1/3読んでそのままになつてる「フランドルへの道」、やはり途中で挫折してゐる「1984年」を読みきつてからにしたらどうか、と頭の隅で囁く声がするのだが、……。

2008-12-31

区切りといふことをhiko7newsで言つてたくせに敢へてこつちはズルズルと「Ⅱ」に移行することを選んでみた。またこの際だから「才」は「歳」と正しい字にした。「一日一生」はほぼ半分ほど読み進んだところで、本で知つた阿闍梨について先づ控へておくと、阿闍梨とは天台宗比叡山を約7年かけて1,000日間、回峰巡拝する千日回峰行を成し遂げた人に与へられる尊称であり、大行満大阿闍梨と呼ばれる。記録に残る阿闍梨は(織田信長の比叡山焼き討ち以前は記録が残つてゐないが、それ以降の)400年間で49人。戦後、1945年以降で12人。但し、酒井阿闍梨は1980年(54歳)、1987年(61歳)と続けて二度満行した。二千日回峰行を成し遂げたのは400年間で僅かに3人しかゐない。100年に一人ゐないわけだ。しかも、最高齢だといふ。更に、酒井阿闍梨は40歳で得度するといふ坊さんとしてのスタートが非常に遅いのだ。だからまあ、ぜひとも読んでみたいと思つたわけだが、やはりお坊さん特有の説教、講話的なものが多いのだが、なにしろ坊さんになるまでの紆余曲折が半端ではないので説得力がある。
この本を探してるあひだ娘と一緒にゐることが多く、いろいろ阿闍梨とはどんな人で、と説明してゐたのだが、念仏を唱へて人を救ふといふことが呑み込めない。医者みたいに病気を治せないのなら、なにができるのか、と聞かれて答へられない。つまりオレには坊さんのことも宗教のことも、ましてや阿闍梨なんてまるで解つてゐないといふことなのだ。

2008-12-30

きのふの朝刊の一面、下のはうに書籍の紹介があつて、そこに天台宗大阿闍梨、酒井雄哉著「一日一生」といふ朝日新書の記事があつた。ぜひ読みたい、と思つて2箇所(渋川からの帰途に寄つた大胡町と足利市朝倉)の文真堂に寄つたけれども在庫なし。遅くなつたので、明日にしよう、と。
それでけふ、新しくできた「スシロー」で昼を食べた帰り、近いから寄つてみたハーヴェスト・プレイスの本屋にも置いてない。太田イオンの喜久屋に行くしかないか、いや待て、アピタのくまかは書店は結構揃つてるから、と覗いたらあつた。まだ読み始めてないんだけど、どうやら聞き書きを纏めたものらしい。生まれ変はる「読書日記」の最初に相応しいかも知れない。これを読みながらブログを書いてくつもりなので、どんな風になるだらう。

2008-12-28

176.ループ

鈴木光司・角川書店(used)
文庫が出回つてないのか見掛けないので単行本で105円だつたから買ふことにした。三部作の最後、解決篇とでも呼べばいいのか。なにがなんだか、……。物語形式のPHP文庫なんかでよくある最新科学情報ダイジェストみたいな感じかな。全体の構想に作者のマッチョな腕力を感じる。あとがきに「物語がどう展開するかなんて、作者であるぼくにもまったくわからなかった」と書いてあるけど、嘘でせう。きつちりストーリーが出来てゐて、そのうへを人物が動いてるとしか思へない。ホントに蛇足ながら、第三章に入つてすぐ、主人公の馨がウェインスロックといふ砂漠の中の廃墟でバイクを降り、廃屋に辿り着いて42時間パソコンを見るといふ展開になるのだが、P200の6行目、バイクのエンジンを切つてないんだよ。このまま42時間戻らない。600ccのXLRはガス欠にならないのだらうか?

2008-12-23

175.仄暗い水の底から

鈴木光司・角川ホラー文庫(used)
短篇のはうが読み易いかも知れない。「リング」「らせん」よりも面白く読めた。

2008-12-20

174.日本史集中講義

井沢元彦・祥伝社黄金文庫
読み物としては充分面白かつた。歴史に関する本としても、副題にある「点と点が線になる」まではいかなくても、因果関係が説明されるので流れとして摑める。が、やつぱり網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」の驚きには及ばない。

2008-12-17

173.不完全犯罪

広瀬隆・集英社文庫(used)
さう、あの「東京に原発を」の広瀬隆の短篇小説集。ほんとに短い18篇。サキを連想したのだが、もつとビアスに似てゐるかもしれない。なかなかの皮肉な(ときに残酷な)結末。ペダンチックといふか、凝つた文章ではある。その分古臭く見える。

2008-12-16

172.貨客船殺人事件

鮎川哲也・光文社文庫(used)
読者に挑戦する犯人当ての短篇集。9篇。ちよつと時代的な古さを感じた。「黒いトランク」のうがよつぽど古いんだけど、なぜだらう。一番古いのが昭和42年、新しいのが昭和59年、ほかは昭和45年が4篇、46年1篇、47年1篇、不明1といふ具合。因みに全問正解とは行かなかつた。

2008-12-14

171.文学的商品学

斎藤美奈子・文春文庫(used)
小説以外のものが読みたくなつて、立ち読みしてたら面白さうだつたのは、「第2章ファッション音痴の風俗小説」の中で渡辺淳一の「失楽園」と丸谷才一の「女ざかり」を取り上げてゐたからで、渡辺淳一の本は一冊も読んだことがないのでなんとも言へないが、丸谷才一はたぶん「裏声で歌へ君が代」だつたと思ふんだけど、確か主人公の男がエレベーターを逆走するシーンで始まつて、そのときの服装をいかにも美術商(だつたかなあ、あとで調べて置かう)らしいセンスのいい服、みたいな説明が地の文にあり、思はず「どこが」と突つ込みを入れたくなつたのだが、ストーリーとか登場人物よりも余計な些細なことにばかりに気になるタチなので、アプローチが面白くて楽しめた。

2008-12-12

御乱心(再読)

三遊亭円丈・主婦の友社(used)
出版されて直ぐに寝床の会の誰か(荻野君か塩田君)に借りて読んでゐる。BookOffで他の本を探してゐたら、とつぜん棚のこの本のタイトルが目に入つた。それは買へといふことだな、もう一度読めといふことだな、と閃いた。そして買つて読んだ。なんとも円楽、呆れ果てる。談志も、……。志ん朝はやつぱり恰好いい。弟子のために頭を下げる。まあ、円丈が見た真実だと「まえがき」にあるけれど、芸一筋で云々と庇つてゐるが、円生は弟子のことは二の次だつたワケだから。

2008-12-10

170.らせん

鈴木光司・角川ホラー文庫(used)
正に「リング」の続篇。かうした○部作ものは、単独では読めないものなのかどうか。少なくともこれは前作の内容をしつかり引き継いでゐるから、いきなりこれを読んだら入つて行けなかつたらう。「リング」よりも話の展開はゆつくりしてゐる。DNAによる再生のネタは映画「ジェラシック・パーク」がさうだつたが、これには原作があつて先日亡くなつたマイクル・クライトンで、どつちが先なんだらう。仕掛けは面白い。「パラサイト・イヴ」みたいに科学用語が頻出するからSF的でもあり、謎解きの要素もあるからミステリ的でもある。ホラーとも、ファンタジーとも読めるから、ジャンルを超えた、と称されてゐるのだが、どうも奇想天外なストーリー展開に寄り掛かり過ぎてゐる気がして、確かに面白いんだけどいま一つ小説を読んだといふ満足感がない。さらに「ループ」があつて、それが完結篇であるといふのだが、もういいかな。重箱の隅を一つ。P14死亡推定時刻が11時49分と正確なのはなぜか、と高野舞が呼ばれるが、その説明がないこと。と、安藤医師はスケベ過ぎないか?

2008-12-05

169.リング

鈴木光司・角川ホラー文庫(used)
1991年に刊行されたものだといふから、17年まへ。ベストセラーは手が出し難いタチなので、いまさら読んだ。「らせん」も一緒に買つたから、続けて読むつもりだ。VHSかDVDのレンタルで映像のはうを見てゐるが、内容はよく覚えてゐないのだ。凡そ一週間の物語なのである。そのせゐかひどく慌ただしい。第二章まで読んでも怖さが物足りないので、ホラーとしてよりも、ひたすら動きまくる浅川と高山のアクションものとして読んだ。後ろのカバーに「ホラー小説の金字塔」とあるし、解説でも絶賛されてゐるのだが、どこがそんなに凄いのか解らない。重箱の隅を三つ。1.三浦記念館での貞子の特定が簡単すぎないか。次に進むには、ここで判明してないと都合が悪いんだらうけど。2.P249の1行目、長尾医院の看護婦の名前がいきなり「藤村」と出て来る。P246から登場してゐて、そこでは看護婦としか書かれてないのに。このあとで長尾医師が名前を呼ぶことになるから、ここでとつぜん名前が付いたのだらうか。3.P288、といふより第四章、最終章の冒頭、浅川が眼鏡をかけてゐることが漸く解る。近眼なのか、乱視なのかどうかは判断できないが。ここから遡り、浅川が眼鏡使用でないと困ることがあるのだらうか、と読み返すのも一興かと思つたが、億劫なので止めた。序でにP274で高山がベンチプレス120kgだといふ説明が入るのだが、なんで?

2008-12-01

168.どこかの事件

星新一・新潮文庫(used)
いやあ、ずゐぶん久し振りの星新一。中高生の頃によく読んだものだ。それ以来。懐かしかつた。ミステリー風の21の話が入つてる。発想の転換が素晴らしい。「その女」はその典型。「ポケットの妖精」は落語みたいなオチがある。買つて直ぐ1/3くらゐ読み、半月くらゐまへに半分ほど読み進んでゐたもの。

2008-11-30

167.雨に殺せば

黒川博行・文春文庫(used)
謎解きとしても、前作「二度のお別れ」よりも力が入つてゐる。謎解き部分はちよつと急いでる気がするのだが。銀行に対する痛烈な批判があるが、作者の個人的な恨みでもあるのではと思ふほど。因みにこの文庫の表紙絵は黒川博行。

2008-11-29

166.二度のお別れ

黒川博行・創元推理文庫(used)
いまのところ安心して読める人。これがデビュー作。「てとろどときしん」で探偵役だつた大阪府警のクロマメコンビのデビュー作でもある。これも間違ひなく楽しめた。長さもちやうどいい。一気に読める。後半のテンポの速い展開は緊張感もあつて、ちよつとハードボイルド的でもあつた。が、この終りかたは物足りない。クロマメコンビに解決させてほしかつた。この2人、華がない、といふ理由でサントリーミステリー大賞で佳作になつたさうだ。変な理由。

2008-11-27

165.空飛ぶ馬

北村薫・創元推理文庫(used)
どうも苦手な文章で、ペダンチックなところはまあOKなんだけど、通ぶつてる感じがするんだなあ。学のない僻みもあるが。解説にもあるし、評判通りの日常生活の中にある謎を見事に解決するところは面白いのだが、地の文がどうにもイヤだ。母を母上と呼ぶが、父は父。女子大生言葉的だといふことか、「けれど」の連発。5篇それぞれ工夫がある。「胡桃の中の鳥」は纏まりがない印象。「赤頭巾」が一番面白かつた。これはシリーズになつてゐて、「夜の蝉」が日本推理作家協会賞を受賞してゐる。これはデビュー作品集。これだけで充分かな。

2008-11-24

164.カウント・プラン

黒川博行・文春文庫(used)
ちよつと前に「てとろどきしん」を読んで面白かつたので、買つてみた。最初の「カウント・プラン」を読みをへて思はず「すばらしい」と書き込みをしてしまつたくらゐだ。全部で5作品。どれも工夫があつて充分楽しめた。読みをはるのが惜しかつた。もつと読みたい。「カウント・プラン」が日本推理作家協会賞短篇賞を受けたさうだが、当然だらう。「オーバー・ザ・レインボー」も好きだな。解説は東野圭吾。

2008-11-17

ひぐらしのなく頃に(第一話 鬼隠し篇 上・下)

竜騎士07・講談社BOX
息子から、読んでみる?と手渡されて、半年過ぎてしまつた。借りたときにパラパラと見た限りでは、とても読めない本だつた。これは正にゲームだね。主人公や主な登場人物の年齢さへも不明だ。このラストから遡れば、物語は成り立たない。しかも第一話ではなにも解決しないのだ。この文章がどうにかならないと、次を読む気にならない、悪いけど。ここには前提になつてゐるものがある。その部分の説明が一切ない。それは想像力ではどうにも補えないものなんだよ。←第一章しか読んでないので、冊数から外した(2015.07.08)

2008-11-11

163.煙か土か食い物

舞城王太郎・講談社NOVELS(used)
題名について一言。煙が土か○○か食い物、といふ風に、もう一つ入つたはうがオレはリズムが取り易い。余計なことだが。内容について。苦手だ。かうしたハードボイルド寄りの、暴力だの、グロテスクな描写が多い読み物をノワールと称するのかどうか知らないが、主な登場人物の熱い言ひまはしの台詞が空回りして聞こえる。なにかの賞の選評で、石原慎太郎と宮本輝がクレームをつけ、池沢夏樹と山田詠美が推したといふ理由もなんとなく理解出来る。これだけでたくさんだね。世代が違ふ気がした。詰まらないとは言はないが、ほかにも読みたいとは思はない。

2008-11-03

162.無名仮名人名簿

向田邦子・文春文庫(used)
読んだことがあるかもしれないな、と思ひつつ買つた。半分をちよつと過ぎた辺りの「目をつぶる」といふ章の途中で、この話は読んだ気がする、と思つた。誰かの引用かもしれない。他にはさういふ箇所はなかつたので再読扱ひはしなかつた。端正な人だな、と感じた。「思ひ出トランプ」は読んでゐる。そして勿論「時間ですよ」、「寺内貫太郎一家」は見てゐた。直木賞を受賞した翌年、1981年に航空機事故での亡くなつたことは記憶にある。享年51歳。抜いちやつたなあ。世代はずゐぶん離れてゐるのに(向田邦子は1929年生まれ)、生活感はそれほど離れてゐる気がしないのだが、ご不浄はさすがに古く感じた。

2008-10-31

161.てとろどときしん

黒川博行・講談社文庫(used)
サントリー・ミステリー大賞を受賞してデビューしたばかりの頃の短篇だといふ。大阪弁の会話の面白さは二の次だと言つてもいい。構成がよく出来てゐて、不自然さを感じた箇所がなかつた。大阪弁がイヤでなければお薦め本。一つだけ。これはホントに個人的な理由であつて、この本の面白さとは一切関係ない。「指輪が言つた」の動機の部分。殺したいと思ふ、それは尤もな動機なのだが、子どもが絡むのは辛いので、題材として扱つてほしくなかつた。

2008-10-17

160.検死官

パトリシア・コーンウェル/相原真理子訳・講談社文庫(used)
500頁もあつて、しかも文字も最近の文庫よりも小さいから、ホントに長い。でも、最後まで引つ張られる。なかなか面白かつた。或る重要な人物に疑惑が向きさうになる。さう思はせるよう誘導して、……実は。意外な犯人なのは確かだが、犯人探しのミステリーではない。警察内部の話、検死官を巡る組織の話など、組織と人間関係に力点があるやうだ。謎そのものを前面にしたら短篇にしたはうが面白いかも。検死に関する説明やコンピュータの説明などは頭に入らなかつた。因みにパトリシア・コーンウェルつて、オレと同い年なんだよね。オレのはうが学年で一つ上、確か。関係ないけど。

2008-10-13

159.最後の密室

土屋隆夫・廣済堂文庫(used)
6篇入つた自選短篇集。解説もなく巻末エッセイとして「私論・推理小説とはなにか」がある。それぞれが、いつ頃か書かれたものかは記載がないので不明。「死の接点」が一番面白かつた。テンポも速く、人物も生き生きしてゐる。よく考へると、実に重苦しい題材を扱つてゐるのだが。「心の影」、「最後の密室」の2篇はいかにも年代物に思へた。探偵小説と呼ばれてゐた頃のものではないか。

2008-10-10

158.天童駒殺人事件

中町信・徳間文庫(used)
久し振りの中町信だ。2月の「三幕の殺意」以来。奥さんの早苗が強引な推理で引つ掻き回す氏家周一郎シリーズなので、買ふときちよつと躊躇つたのは事実だ。幾人かの容疑者たちを相手に不用意に推理を披瀝する。それが原因で疑惑を逸らさうとした真犯人が次の殺人を引き起こしたりもする。読者を誘導する仕掛けが実はそのまま登場人物まで巻き込んで殺人が増えてしまふ、みたいな。死ななくてもいい人が仕掛けのために死んで行く、といふか。まあ、中町信はリアリティよりもゲーム的な面白さだね。だから、ズルい、といふ見方も当然出るでせう。これに出て来るダイイング・メッセージの扱ひも、解明するのが遅過ぎる。……と、文句を言ひつつも、買つてしまふのは一種の中毒だな。

2008-10-05

157.名古屋人の真実

三遊亭円丈・朝日文庫(used)
だいぶまへに名古屋の喫茶店の話を東海林さだおのナントカの丸かぢりで読んだことがある。モーニングセットで腹一杯みたいな話だつたが、この本ではちよつと控へ目に書かれてゐる。どつちが本当か確かめたい気がする。円丈と言へば「御乱心」。あれに出て来る志ん朝はいい。円楽に対する不信感、反感は読後いまでも消えない。話が逸れてる。これは名古屋弁と名古屋の食べ物の話だ。たまに、クックッ、と堪へきれずに笑つてしまふ。さういふところは大抵、落語風にデフォルメしたり、語呂合せしたりの部分と、オレの子どもの頃の食生活に近い話が出たところ。円丈師匠は昭和19年生まれ、こつちは昭和31年生まれで、一回りも開きがあるのに食糧事情が似てるのには驚きだ。名古屋に比べると渋川はずゐぶんと田舎なんだなあ。

2008-09-27

156.イッセー尾形の人生カタログ

イッセー尾形・朝日文庫(used)
これは面白かつた。一人芝居よりももつと短くて、ちよつとした場面のやうで、状況説明が足りないのに、なんとなく頷ける。全部で51篇。一年52週だから、暮れから正月はお休みだつたのかなあ。まつたく本を読む気にならない、ここ一箇月のあひだ、日に二つ、三つと読み継いで来た。星新一や都筑道夫のショートショートとは違ふ面白さ。それは例へば、落語の小咄的なオチがないものが殆どだ。この先一体どうなる、といふところで読み手は放り出されてしまふ。筋なんか二の次。状況設定と人物重視。一人芝居に似てる。

2008-09-24

155.パラサイト・イヴ

瀬名秀明・角川書店(used)
1995年の第2回日本ホラー小説大賞に選ばれ、ベストセラーになつたと記憶してゐる。第4回の大賞が貴志祐介の「黒い家」で、これは読んだし、映画にもなつたのでDVDで見てもゐるが、こつちはなかなか読む気にならなかつた。BookOffで、105円の単行本で目立つ汚れもなく状態がよかつたから、つい買てしまつたが、買つてからも、なかなか読む気にならなかつた。カバーの絵が気味が悪かつたこと、プロローグを読んでも、ちつとも興味が湧かない。一箇月放置してゐた。それがちやうどなにも読めない状態と重なる。カバーを外して読んだ。発想はびつくりする。ミトコンドリアなんて中学の理科で習つて、辛うじて名前を知つてるだけ。第三部に入り、300頁を過ぎた頃から章の括りが短くなり、テンポが早くなる。14で文章実験みたいなところが出て来る。23にもある。が、果たして効果的かどうかは疑問。ずるり、どろり、ぎくり、にこり、ごきり、ゆるり、にやり、ぐにやり、ぶくり、びしり、かういふ「○○り」がお気に入りなのか、終盤のクライマックスでたくさん出て来て閉口した。本の最後に選評があり、絶賛されてゐるけれど、ホラー映画には確かにグロテスクなシーンはあるし、汚いと感じる場面もあるが、それを踏まへても、汚いと感じる場面があつた。また、怖さといふ点では期待してゐたものとだいぶ質が違ふ。

2008-09-15

153.154.自虐の詩(上・下)

業田良家・竹書房文庫(used)
ほぼ一箇月、まともに一冊読み通すことができなかつた。PHP文庫から出てゐる相対性理論や量子論のダイジェスト解説本を読み直したり、幾つかの小説を拾ひ読みしたりしてゐた。これは二箇月まへに渋川のBookOffで奇麗な状態であつたのを見つけてほしくなつた。買つて直ぐに上巻を1/3くらゐ読んだところで、ひよつとするとこれは集中的に読まないとホントの面白さが解らないぞ、と直感した。休みのまへの晩から読み出し、一気に読んだ。下巻になつて熊本さんが登場するところから、更に面白くなる。森田幸江の過去が、葉山イサオとの馴れ初めと絡んで語られる。ストーリーマンガだよ。なのに、4コマ。なのにストーリーが展開して、感動的な結末。人生を感じる。絵もときどきシュールで、よい。画面の白さが、よい。もつと語りたいけれども、知ればそれだけ感動が薄くなるやうな気がする。ミステリーの結末みたいなものだ。

2008-08-13

152.鍵

笹沢佐保・光文社文庫(used)
文庫オリジナルの短篇集である。全部で9篇。そのうち、ごく短いのが4編。1編は昭和43年の「高一時代」に掲載されたもの。主に昭和40年代(凡そ40年前)に書かれたものだが、古さは感じなかつた。吉田健一の「大衆文藝時評」で笹沢佐保は屢々取り上げられ、褒められてゐたので機会があればと思つてゐた。漸く機会が来たわけだ。どれも皮肉な結末で、面白く読んだ。2篇目「華やかな告発」のラストは作り過ぎでは?

2008-07-20

151.ぼくが愛したゴウスト

打海文三・中央公論新社(used)
11歳の「ぼく」がコンサートの帰りに駅のホームで事故に出くはす。それからをかしなことになつて、心を持たず、尻尾のある、イオウのにをひの体臭を持つ人間の住む世界に移動してしまつた、のか、パラレル・ワールドの話なのか、或は量子論的な幻影なのかといふ、設定が不思議でなかなか面白く読んだ。一つだけ。一枝あぐりはなぜ田之上翔太を逃がさうとしたのか、そのあたりは説明がないので、強引ではないか、といふ気もした。

2008-07-07

150.13階段

高野和明・講談社文庫(used)
江戸川乱歩賞受賞作。解説は宮部みゆきで、かなり褒めてる。けれども、どうなんだらうなあ、ミステリとして。文章は上手いと思ふ。すらすら読めるし、意味がよく解る。この題名、これでホントにいいんだらうか。寺の階段が13段。どこの寺もさうなら、なるほど。死刑囚・樹原亮の人物像がまるで見えない。南郷と三上がここまで入れ込む理由が弱い。10年前の三上の事件についても不自然な感じ、こじつけみたいに感じる。意外な犯人、アリバイ・トリックとは縁がない。いろいろケチを付けたけれども、間違ひなく面白い。蛇足、なんといふ偶然か、13113といふ数字の並び。

2008-06-30

黄色い部屋はいかに改装されたか?(再読)

都筑道夫・晶文社
これは植草甚一の「雨降りだからミステリーでも勉強しよう」と一緒に本棚の直ぐ手の届くところに置いてある。改めて最初から読み直すことは余りないが、時々捲つてゐる。始めから読み直したのは、ミステリについて、もう一度勉強しようと思つたからだ。P35真ん中辺り「いちばん理想的な犯罪は、それが犯罪に見えないことでしょう。殺人の場合は、ことにそうです。だからこそ、冷静に計画するはずなのに、捜査側の動きを予想して、アリバイを偽造したりする。自分が疑われるような可能性があれば、その計画は変更されるべきでしょう」まつたくその通りなんだが、それではミステリそのものを否定しかねない。犯罪小説になつてしまふ。作者が提出した謎を探偵役がどうやつて解明するか、その面白さなのだ。その推理の道筋が納得できるかどうか。都筑さんもおなじやうなことを言つてると思ひますよ。

2008-06-28

149.親不孝通りディテクティブ

北森鴻・講談社文庫(used)
初めて聞く名前だつたが、第6回鮎川哲也賞受賞者だといふ。舞台は博多で、設定に工夫があるハードボイルドの連作短篇。面白く読んだ。ま、ハードボイルドは括りとしてはミステリだから。気づいた誤植。P80最後の行「あんたに気持ちのいい人はいませんよ」は「あんなに」ではないか。蛇足ながら、第一話の「セヴンス・ヘヴン」の季節が解らない。P18「この季節である」と書かれてゐて、死臭の話が出るから寒い時期ではないにしても。

2008-06-26

148.裁判長!ここは懲役4年でどうすか

北尾トロ・文春文庫(used)
こんなにも易々と裁判所、更には法廷に入ることができ、裁判を傍聴することもできるとは知らなかつた。裁判が神聖なものであつても、けして茶化してはならないとは思はないが、それでも不謹慎だと感じる発言がある。もちろん理不尽なものへの憤りもあるが、野次馬の裁判観察記録として読むはうがいい。本文中にタイトルと同じ発言が出て来るかのやうに、この文庫の解説やAmazonのレビューには書いてあるのだが、強いて挙げれば、P154の5行目に「判決は実刑3年でどうだ」とあるのには気がついたけれども、オレには見つからなかつた。

2008-06-17

147.タイムクエイク

カート・ヴェネガット/朝倉久志訳・ハヤカワ文庫
10年間時間がスリップして繰り返すといふ設定がある。その10年間を行つたり来たりする。しかしそれは設定に過ぎない。クスクス笑へるところがたくさんあつて、すらすら読めてしまふ。「猫のゆりかご」や「スローターハウス5」と違つて、物語ははつきりしない。私的な部分がかなりあつて、エッセイみたいに読んだ。これが最後だとプロローグに書いてあつて、確か最近(2007.04.11)亡くなつたので、これがホントに最後の作品になつた。

2008-06-11

146.苦い娘

打海文三・中公文庫
アーバン・リサーチものはこれで終り。順番どほりではないが、ぜんぶ読んだことになる。おはりのはうで佐竹が出て来る。ウネ子は今回は姿を見せない。かはりにまだ中学三年の姫子が登場する。「されど修羅ゆく君は」のときは13歳だつた。ホリー・コールの「トラスト・イン・ミー」といふ曲が出て来るが「コーリング・ユー」なら知つてるけど、これは知らない。相変らずモテる中年男の話だ。3分の2くらゐ読み進むと、唐突にラスト向けて雪崩れ込んでゆく感じ。その感じは氏の作品凡てに言へるのではないか。やつぱり映画を思はせるところがある。

2008-06-09

145.ハルビン・カフェ

打海文三・角川文庫
大藪春彦賞受賞作で、解説によれば「著者の最高傑作に数えられる」さうだ。一人の著者の最高傑作と言へるものを数えることが出来るのか、といふ素朴な疑問は忘れよう。原宏司の「集落の教え100」からの引用があるが、未読の本で先づこれがよく意味が解らない。なにかを象徴してゐるかのやうな、別の意味を持たせた文章である。内容との関連は読み取れなかつた。多くの人物が登場するので、時間の経過、何年に何があつたのかをメモしながら読み始めたが途中から放棄した。時系列的な展開は二次的なものらしかつたから。Pと呼ばれる組織の発生とその後の活動、警察内の刑事、公安、監察などの力関係、韓国、中国、ロシアのマフィアの動きなど、一度には呑み込めなかつたが、洪孝賢を中心にした人物たちとその謎解き、小久保仁をめぐる人間たちの絡みは面白く読めた。短いシーンの集積で、内容だけでなく映画的な印象がある。尤もそれはこれまで読んで来た打海文三の凡ての作品について言へることで、勿論それは氏が映画からスタートしたことと関係してるだらう。
敢へてここで言ふこともないのだが、警察をめぐる小説は実はあまり好きではない。警察内の権力闘争は政治家のそれよりも腐臭がする。臭いものには蓋、ではなくて、吉田健一が言ふ「人が裸になつた時」のやうな「見るに堪へないのであるよりも見るべきではない」ものは見ないでよいといふ意味で、見るべきではないものを過大に評価して「深淵が覗いてゐると思つたり」しないといふ意味のつもりである。なんでも暴いて裸にするのは野蛮だ、と。
気取るな、と言はれるかもしれないが。

2008-06-02

144.ミステリアス学園

鯨統一郎・光文社文庫(used)
次の短篇がまへの短篇を含んだ形で連作になつて行く入れ子構造。最後の「意外な犯人」は余計。入門篇的なミステリ解説が殆どで、あまり面白くない。打海文三が続いてるので箸休めみたいな気持ちで買つて読んだのだが、遊びが多すぎて退屈だつた。

2008-05-31

143.一九七二年のレイニー・ラウ

打海文三・小学館(used)
これはいづれ文庫になるかも知れないが、単行本ではどこにも置いてゐないのだつた。もちろん、この周辺、地方都市の本屋には。また古本屋にもなかつたのでAmazonで購入。表題作のレイニー・ラウはウネ子だ。作者があとがきで述べてゐることから類推すれば、なかり実体験(予想、空想、妄想を含む)を元に作られたのだらう。尤も私小説のやうにそのまま書いてるといふ意味ではない。アーバン・リサーチものとリンクさせて読むと頷けるところがある。書き方は違ふけれども、人物は近い。

2008-05-27

142.死亡推定時刻

朔立木・光文社文庫(used)
先づカバーデザインが目を引いて、長尾みのるといふ人かと思つたら、違つた。作者の名前が読み難いのも記憶に残つたし、裏返して「現役の法律家が描くスリリングな冤罪ドラマの傑作」。冤罪であれば読まねばならない。さう思ひつつ、時々書名を忘れたりしながら半年、漸くBookOffで105円で非常に状態のいいのが手に入つた。それが先月の初め。細かい文章の好みは省いて中身について。冤罪がなぜ起るかと言へば、刑事、取調をする人間の先入観、見込みによる自白の強要、自白偏重の裁判だ。殴られて脅されて自白したと言ふ被告がゐて、それを証人喚問で否定する警官がゐると、警官の主張を疑はず採る裁判官や検事がゐるのだから仕方あるまい。ただ、これが小説であるなら、こんな司法の実態の中でせめて一審死刑判決から控訴審一審差戻しから無罪を勝ち取るまで書いてくれなかつたのか。ドキュメンタリーならやむを得ないが、倍の長さになつても容疑者の無実を晴らしてほしかつた。読み物としては面白いが、死刑判決を受けた容疑者の苦悩、弁護士の苦悩も十分に書かれてゐない。誘拐事件としての緊張感も足りない。でも充分面白く読める。

2008-05-24

141.そこに薔薇があった

打海文三・中公文庫
初めて読む短篇集で、しかもアーバン・リサーチものではない。ま、アーバン・リサーチものには短篇集はない、……と思ふ。解説では片岡義男風の、と言ふけれども、村上春樹風だと感じた。村上春樹も会話を書くのが上手い。「羊をめぐる冒険」しか読んだことないけど、彼が翻訳したレイモンド・カーヴァーにも似てるかも知れない。7篇入つてゐて、ギリギリまで(気取つた感じで)平穏に進む。最後の最後で奇矯な展開になる。短篇集のはずが実は重複する人物がゐたりする。最後の第7話は、もう一度よく読み直したい。

2008-05-23

140.凶眼 EVIL EYE

打海文三・徳間文庫
帯に「追悼」とある。「残された珠玉の名作は、未来の読者をも魅了するだろう」裏に「ご生前のご功績を忍び心からご冥福をお祈り致します」殺人事件があつて、被害者は「きざはし」といふカルト集団の集団自殺後に行方不明になつた子どもたちと五億円の現金の行方を調べてゐた。誰が殺したのか。ミステリーはそれで作品が組み立てられてゐる。しかしハードボイルドはそこに人間が激しく絡んで事件そつちのけになる。メインの探偵役は武井といふ訳ありの中年男。これにも佐竹とウネ子が出て来る。大須といふ人物の残忍な行動、侮辱的な暴力行為は不快だけれども、これはオレには「時には……」の次くらゐにランクインするかな。大泉町と館林がかなり詳しく語られるので苦笑ひ。

2008-05-19

139.愛と悔恨のカーニバル

打海文三・徳間書店(used)
アーバン・リサーチもの全5作品の最終作で、このまへに読んだ「されど修羅ゆく君は」の姫子が6年後の19歳で主人公になつてゐる。「時には懺悔を」の佐竹、中野聡子、鈴木ウネ子、寺西も登場する。どうもオレはこの人物たちがお気に入りらしい。今回の事件は猟奇的な殺人で、ややグロテスクに感じるところもある。むぎぶえと翼の姉弟の謎めいた部分を翼自身が分析し解説してしまふのは不満だ。本人の理解を超えた力や衝動に突き動かされて、なら受け入れられる。いづれにしても、続けて読んだ2作は、正直言つて物足りない。